ボス対ボス(2)
「はぁ?」
レイカが首をかしげた瞬間、レイカの後ろに気配を消しながら近づいていた人物たちは、両手を振り上げた。
ふたつの影の正体は、ウラウの側近であった。金髪と銀髪の女性だ。
二人は、ラインを捕まえ、ビーノにラインを閉じ込めておこうとしたところで、返り討ちにあった。二人はしばらく気絶していたが、目が覚め、状況を読み、エストレージャの屋敷に駆けつけたのだった。ラインは二人をひもで縛っておいたのだったが、そんなもの、二人にとっては無意味だった。
ウラウを守ることに命をかけていた二人は、真っ先に、屋敷の門の前にいた女性を敵とみなした。そして、気配をたち、ぎりぎりまで近付いた。
ウラウはその姿に気が付き、笑い声をあげた。
二人にとって、ウラウの行動は予想外だったが、それでも気配をたちながら……両手につけていた鉤爪を、レイカに向けて振り下ろした。ウラウは笑いながらも耳を澄ましていた。肉が切れる独特の音を聞くために、だ。その後の彼女の悲鳴も。
ざまぁみろ、だ。
しかし、ウラウの耳に入ってきた音は、服を切り裂く音でも、血が飛び散る音でも、悲鳴でも、なかった。
タタタタン、という、軽やかなステップでも踏んだかのような、銃声だった。
「へ……?」
レイカは、首をかしげたままだ。両手を組んでいて、銃を持っていないのは見て分かる。しかし、レイカに攻撃を仕掛けた二人の両肩に、穴があいているのもまた、見て分かった。
どういうからくりだ……?
はっとウラウは息を飲み、後ろを振り返った。銃声は、確かに自分の後ろから聞こえた。
自分を見下ろすかのように、堂々と建っている、黒い屋敷。ばかでかい玄関の扉の真上の窓に、人影が見えた。
あそこから誰かが攻撃を……?
次の瞬間、足に激痛が走った。レイカの蹴りがもろにさく裂し、ウラウはバランスを崩す。たたみかけるように、レイカはウラウのみぞおちに二発パンチを打ち込んだ。
「ぐっ……はっ!」
ウラウは背中をもろに地面に打ち付けた。無残にも大の字で倒れたウラウの両腕を、レイカのピンヒールが踏みつける。
「ぎゃっ」
タタン、と屋敷から、再度銃声がした。
「ぐああああああ!」
ウラウの両足が撃ち抜かれ、足に力を入れることができなくなる。
「あいつのことだ、ちゃんと計算して、かすり傷だけど痛い、ぐらいの傷になってる、はず。あのふたりのお嬢さんも、まぁ大丈夫だろう」
レイカはふふっと笑うと、背中からゆっくり銃を取り出した。優雅な動作で、ウラウの脳天に標準を合わせる。
「惜しかったなぁ。俺の背中を狙わせたのは、ナイスチョイス。あの女たちは、門の近くにいたんじゃなくて、駆けつけてきたんだろ? いいねぇ」
レイカは右手で銃を持ちながら、左手でサングラスをぐいと上にあげた。
目と目が、はっきりと合う。ウラウは、レイカの視線から目をそらすことができずにいた。
「だがよ、ボスってのはさ、背中を任せられる部下がいないと。残念ながらお前の後ろには、だぁれもついて来てくれなかった。それじゃお前、ボスとしちゃ失格だ」
「…………」
「組織の上に立ちたいならな、部下を信用しなきゃならねぇ。ましてやお前みたいに、ボスがのこのこ一人で逃げちゃいけねぇんだよ。わかったか」
レイカは真顔で、諭すように語りかけた。
「俺のポケットによ」
ウラウは、レイカの問いを無視し、ぼそりと呟いた。
「あぁ?」
レイカが、片眉を吊り上げる。
「俺のズボンの、右ポケットによ、入ってる」
「何がだよ」
「スイッチが」
「スイッチィ?」
「出してくれよ……」
「自殺のスイッチとかやめてくれよ」
「まさか」
ウラウは苦笑した。
「リッツの屋敷にある、パソコンのスイッチだ。押したら最後、中のデータが吹っ飛ぶ」
「飛ばす必要はないだろうが」
「あるんだ。頼む、降参する。俺の最後の願いをきいてくれ」
ウラウは、懇願した。レイカはしばらくウラウを見つめると、頷いた。
「いいよ」
レイカは、銃口をウラウの額に当てたまま、ウラウのズボンのポケットを探った。指先に、ひんやりとした何かが触れた。
「これか?」
レイカはそれをつかみ、そっと取り出した。黒い、小さなスイッチだった。
「それだよ……貸してくれ、俺が押したい」
「お好きに」
レイカは、ウラウがさしのべた大きな掌に、スイッチを置いた。
「はっ! ははは! 馬鹿目が!」
スイッチを握り締め、ウラウは小さく言った。声こそ小さいが、子供みたいに嬉しそうにしていた。
「なんだ、今度は馬鹿呼ばわりかよ」
「このスイッチはよ! パソコンのスイッチでもなんでもねぇよ! あのガキにしこんどいた小型の爆弾のスイッチさ!」
「……はい?」
レイカは、予想外の展開に、目を大きく見開いた。