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エストレージャの願いを  作者: 村咲アリミエ
43/59

   絶望の中(3)

「きゃー!」

「きゃー!」

「わー!」


 警報ベルの音を聞いて、慌てて部屋の外に飛び出したギルは、偶然目の前の廊下を走っていた双子にぶつかった。

「うわっごめん、ミクマク」

 ギルの謝罪を遮り、ミクロが叫んだ。

「逃げますよ!」

 ギルの手を、双子は勢いよく引っ張った。

「えっ。えっ?」

 双子は走りながら、もーと同時に頬を膨らませた。

「ギルさん」

 マクロはぎろり、とギルをにらんだ。ギルは走りながら、苦笑した。後ろから聞こえる叫び声の大きさから、意外と敵が近くにいることを感じ取ったためだった。


「はい。今状況が読みこめました」

「全速力ですよ」

「全力疾走です」

「ざっと二十五人ぐらいいます」

「もしかしたら三十人かも」

「……まじで、ミクマクさん」

「えぇ」

「まじ、です」

「なんか最初は十人ぐらに追いかけられてたんですけど」

「どんどん仲間が合流してきましたね」


 ギルは両手を双子に握られた状態のまま、そっと後ろを振り返った。

「わぁ……」


 仲間が加わったぞ、追いかけろ、と、後ろから叫び声が聞こえた。少年少女たちが、手に物騒な物を持ち、それを振り回しながら追いかけてくる。それじゃ仲間に当たるのではないか、とギルが考えてしまうほど、彼らは興奮していた。ぎゃぁぎゃぁとよく分からない叫び声をあげている。


「ニールを助けに行こうと思ったんです!」

「ニールの部屋が遠くて、大変だったんです!」

「ずっと走ってるんです!」

「すんごく疲れたんですよ!」


 ミクロとマクロは文句を言いながらも、前にある扉を見つめてにやりと笑った。


「もうすぐ着きますけど」

「いいですね、ギルさんの部屋はニールの部屋に近くって」

「というかそんなに逃げてたんなら、非常ベルもっとはやく鳴らせたろ……」


 ギルの脇腹に、ゲンコツがふたつとびこんだ。


「いてぇ!」

「ちょっとてんぱっちゃったんですよ!」

「押せませんでしたよどうせ!」

「ギルさんのばかっ」

「ギルさんのばかぁ!」

 こんにゃろー!!!!


 双子は叫びながら、ニールの部屋の扉に手をかけ、勢いよくそれを開いた。

 扉のすぐそばにいたのは、アズムとルークだった。二人は振り返り、双子の姿を確認すると大きく目を見開いた。


「驚いた」


 ルークが思わず声を漏らした。肩を上下させながら、双子は医者たちの前に躍り出た。


「お疲れ様ですお医者様方!」

「お待たせしましたお医者様方!」


 双子は勢いよく、太ももに隠していた銃を出した。

 二人とも、両手に銃を構える。その先には、何十もの人がいた。しかしみな、怪我を負い、戦う気力が残っているものはほとんどいなかった。彼らが手に持っていたのであろう武器は、ほとんどが床に落ちている。壊れて使い物にならないものばかりだ。


「あれれ」

「もしかして……」


 二人は人込みの中から、同時にピンク色の頭を捕えた。まだ微かに戦う気力の残っている者たちの攻撃をかき分けながら、双子の方へ駆けてきていたのだ。


「双子ちゃーん」

 アニータの、おっとりとした声が響く。

「なんだ」

「もうアニータさんが来てましたか」

「用心棒は不用でしたか」

「なんだぁ」


 双子は銃を構えながらも、落胆した表情を浮かべた。敵である少年少女たちはまだ、双子にどういう手を出していいか分からず、ただひたすら困惑の表情を浮かべている。


「ごめんね、なんだか随分珍しい武器を持ってるからさあ。ついついいろいろ試しちゃった」

 アニータは遠くから、少し叫んだ。


「私たちの仕事が減りましたよー! ありがとうございますー!」

「到着が遅れてすみませんー!」

 双子も、アニータに叫びかけた。そんな三人の様子を見ていた少年少女たちは、それまで三人の次の出方を伺うように、少しおびえた目であたりを見渡していた。しかしその表情が、次は驚きに変わった。扉の方を向き、ざわめく。


「あらら」

 アニータは、双子に歩み寄るのをやめ、立ち止まり様子を見ることにした。もうだれも、立ち止まったアニータに攻撃を仕掛ける者はいなかった。


 皆、扉の方を見つめていた。その扉から、叫び声とともに、どっと人が押し寄せてきたのだ。押し寄せてきた人々は、双子とギルを意気揚々と追いかけていた少年少女たちだった。しかし、今は皆、喚きながら逃げるように部屋へと入ってくる。顔には恐怖の色を浮かべていた。


「ばかやろう! この中に入ってきたら、このピンク頭の餌食だぞ!」

 元から部屋にいた集団の中のひとりが叫んだ。その声のした方を、アニータは睨みつける。


「失礼だなぁ」

 その視線に気が付いたのか、声をあげた少年は身をひそめ、震える足を押さえつけた。周りの物もみな、蛇に睨まれた蛙ように、大人しくしていた。


「知らねぇよ!」

 逃げまどう中から、声がした。そちらも少年の声だった。先ほどの声より少しだけ高い。

「お前、この部屋しか逃げ道がないんだ。廊下の先には、わ、わああああっ!」

 少年の叫び声がした。必死の主張は、喚き声にかき消された。


 双子を追いかけていた少年少女、合わせて三十人以上が、部屋の中に入りきった。最後に入ってきたのは、双子と途中で合流したギルだった。手にしていた刀を、そっと鞘の中にしまう。


「ナイス、ギルさん!」

「とっさに敵全員の後ろに回り込んで、脅しながらこの部屋に入れてしまうとは、さすが!」

「……説明どうもありがとう。しかし、この武器を見ただけですくみあがるとは。ここら辺では珍しいもんなぁ……やっぱ重宝するわ、この刀」


 ギルはそう言うと、大切な自分の武器をそっと撫でた。真黒な鞘が、きらりと光る。


「ちっくしょお! 意味わかんねぇやつらばっかりか、ここは!」

 威勢のいい女性が、大声を張り上げ、手にした短刀を振りかざし、双子に襲いかかろうとした。双子は冷静に、無表情のまま発砲した。タタン、と少しずれた発砲音が響き、それを合図に部屋中が静まり返った。


 ミクロの弾は女性の短剣の柄にあたり、短剣が宙を舞う。


 それを予測したかのように、マクロの弾は短剣にあたり、短剣は軌道を変えて落ちて行った。その先には、ピンク頭のアニータがいた。まるでパスされたボールを取るように、アニータはその短剣を宙でキャッチすると、手の中でくるくるとまわした。


「ん、これ好きかも、でもさっき試した短剣と似てるや」

 アニータは短剣を手の中で回し続けながら、残念そうにつぶやいた。


「何あれ……」

「怖い……」


 ひそひそ声が、集団の中から聞こえた。双子は気にすることもなく、銃を構えたままだ。それをいいことに、ひそひそ声は広がっていく。


「どういうこと? 予想したの?」

「まさか、そんな気持ち悪いこと」

「でもそうなんじゃないの?」

「そうなの? なにそれ」

「エストレージャって変な人ばかりなんじゃない。あのピンクの人だって、次から次へ武器を変えて、遊ぶみたいに」

「ほんと、怖い」

「特殊な訓練でも受けてるんじゃないの?」


 どう言われようと、双子は気にしなかった。気持ち悪い、怖い。そんなの言われ慣れた言葉だった。しかし、ひそひそ話の矛先はアニータにも向かおうとしていた。自分ではない人のことをとやかく言われるのは、気分が悪い。


 双子は、どうします? と問いかけるように、アニータを見た。アニータは肩をすぼめた。ほっときな、の意思表示だった。アニータもまた、気持ち悪い、怖いなんて言葉は言われ慣れたものだった。


「ギル、遅いよお」

 静寂を気にもせず、アニータは扉の向こうにいるギルに話しかけた。距離は多少あったが、部屋が静まり返っていたために、声を張る必要はなかった。


部屋の奥には最初の集団、扉の前に次の集団、それに挟まれる形で、双子と医者とアニータがいる。アニータはギルに近づくために、双子が連れてきた集団の中を悠々と歩いた。直感で攻撃しても無駄だと判断した少年少女たちは、アニータを避けるようにそっと道を開けた。


「ごめんごめん……」

 ギルは苦笑する。

「怖かったなあ」

 アニータはギルの隣に立つと、わざと泣きそうな声で言った。

「まさか……」

「ちょっと、失礼でしょー」


 アニータは笑うと、手にしていた短剣を再びくるくるとまわすと、穴があくほどじっと見つめた。


「こいつら結構いい武器使ってるの。これだって悪かない。珍しい武器も持ってたからさあ、いろいろ盗って、試させてもらったよ。いやぁ、勉強になるなあ」

「どんどん強くなっていきますねぇ」

「ギルを守ってあげるためさ」


 カップルの微笑ましくも恐ろしい話を、少年少女たちは黙って聞いていた。医者と双子は、にやにや笑いながらその様子を眺めていた。


「しかし、もう無理かなー」

 アニータは部屋全体を見回して言う。部屋には所狭しと人が入っていた。ここで万が一少年少女たちが暴れ出したら……勝てないのではなく、戦いづらい。


「そうだね。これ以上仲間はいるのかな? ねぇ、そこの子」


 ギルは抜刀すると、刀の先で目の前の少女を指した。少女は目に涙をためながら、必死に首を振る。


「やめて……」

「これ以上仲間はいる?」

「…………」

「脅すのは嫌なんだけど?」


 わっと少女が泣き始めた。ギルは叫ぶ。

「殺さないから! 教えて! 君たちを傷つける気は毛頭ない!」

「ほとんどこの部屋にいる!」


 そう答えたのは、先ほどアニータに短剣を投げた女性だった。よく通るその声は、少しだけ震えていた。

「殺すつもりのくせにっ」

「そんな物騒な……」

 ギルは苦笑しながら、質問を続けた。


「他に残っているのは?」

「ボスはいない。ほかにも姿が見えない奴が数人いる。もういいよ。殺せよ。エストレージャに攻撃なんて馬鹿げてたって、みんな分かってるからさ」

「…………」

 ギルが頭の中で言葉を整理し、反論しようと口を開いた瞬間、アニータが叫んだ。


「うるせっ!」


 あまりの大きな声に、見方である人々もすくみあがる。

 アニータはいらいらした足取りで、扉の横まで歩いて行った。普段のおっとりした口調からは想像も出来ないような大声で、アニータは叫んだ。


「ガキのくせに殺せとか言うな! さっきから黙って聞いてれば、あんたらはどういう教育を受けてきたんだ? びーびー泣きながらも生きたいってすがった方が可愛げあるわ! ガキならガキらしく可愛く生きろ! 人生あきらめてんじゃないよ!」


 苛立ちを隠そうともしないアニータは、勢いよく扉の横の壁を拳で叩いた。壁は、パリンと音を立てて割れた。壁の近くにいた人々は、えっと声をあげる。その場所だけ壁ではなく、硝子でできていたのだ。硝子は壁と同じ色で塗られており、分からないようにしてあった。


 硝子の先に会ったのは、赤いボタンだった。部屋の隅々にギャンが設置した装置が稼働する。シューシューと不気味な音を立てながら、白い煙が部屋を覆い始めた。部屋がざわつき始める。


「でも、ま、考えるのに疲れちゃうときもあるよね。そういう時はさあ、ゆっくり休むのが一番だよ」


 アニータは、いつもの口調で、にこりと微笑んだ。


「ケンカしたらね、ゆっくり休んで、そのあと話しあうのも、私は悪くないと思うんだ」


 部屋に、白い煙が充満し始める。むせるものが現れ、膝をつくものも出てきた。ばたり、ばたりと人が倒れる。ギルは壁にもたれて胡坐をかくと、刀を抱えて俯いた。


「ヤバい、眠い」

「疲れてるからだよー」

 アニータはなんとか持ちこたえようとしていたが、とうとうぺたんと座りこんだ。そのころには、もう部屋にいる人のほとんどが、座り、横になっていた。


「催眠ガス、よく効くなぁ。アズム特性の睡眠薬を煙に変えて、ギャンさん特製の機械で素早く充満。ニールのために作ったんだけど、実験成功だね。すぐにきくよこの睡眠ガス」

「……説明どうも」


 ギルの首がかくんと落ちた。その横顔を、アニータは見つめる。いつも眉間にシワを寄せているギルが、ふと表情を緩める瞬間が、アニータは大好きだった。

 いけない、寝顔に見とれている場合じゃなかった。


 アニータはギルの寝顔から目をそらすと、意識がもうろうとする中、周りを見渡した。さすがに、もう反抗してくる人はいない。眠さに逆らえず、諦めたようにみなすやすやと眠っている。部屋のほぼ真ん中で眠る、ミクロ、マクロも確認した。その横には、アズムとルークが寄り添うようにして眠っていた。


 アニータは眠りに就く少年少女の顔を見て、微笑んだ。


「寝てたらみんな、天使みたいに可愛いなあ」


 そう言うと、アニータの意識はふっと途切れた。ギルの足にうまいこと倒れこみ、すやすやとギルの膝で眠り始めた。


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