12 絶望の中(1)
「えっ」
その時、アニータは長い眠りから覚めたばかりだった。もうその時間は昼を過ぎたころだったが、アニータはついさっきまで眠っていたのだ。
彼女は特に仕事がない時は、夜遅くまで起きてしまうのが癖だった。昨日の夜も、ベッドで考え事をしたり、本を読んだり、音楽を聞いたりとだらだら過ごしていた。気が付いたら外が明るくなっていたので、いそいそとベッドにもぐりこんで眠った。心地よい眠りにつき、起きたのは太陽も空高く登り、下りてきていた時のことだった。
彼女は、とりあえず食事にありつこうと、大食堂に向かっていた途中だった。
廊下に、知らない顔がいた。それもたくさん。ざっと二十はいるだろう。元気のよさげな、力の有り余っていそうな、少年少女たち。手には鉄パイプやら鎌やら包丁やら、急いで用意したであろう武器が握られている。数人、銃も手にしているようだった。
「きっ……」
アニータは大きく息を吸い込むと、甲高い悲鳴をあげた。その声は、屋敷中に響き渡るほどの大音量だった。目の前の少年少女たちの中には、その声に驚く者もいたが、大抵の者はそんなアニータを見て、楽しそうに笑った。
「おいそこのお前」
先頭にいた、背の高い男がアニータに話しかけた。
しかしアニータはその男を無視し、恐怖の表情を浮かべながら、彼らに背中を向け、走り出した。
アニータにとっては久々の全速力だった。寝起きの運動は、正直きつい。それでもアニータは懸命に走った。後ろから、自分を追いかける声が聞こえる。アニータは懸命に走りながら、途中で壁にあるボタンを押した。そのボタンは黒い壁に溶け込んでおり、知らないと認識もできないであろう存在感の薄さだった。
屋敷全体に、ベルの音が鳴った。
後ろについてきていた集団がどよめいた。しかしすぐに、そのベルの音をかき消すかのような声が聞こえた。
「ひるむな、つっこめ!」
その声は、太く、少年少女には出せないような男性の声だった。その声に反応し、叫ぶ声が聞こえた。アニータは黒い廊下を走りながら、分析した。敵は思っていたより大所帯らしい。二十三十じゃ済まない多さなのではないか、とアニータの直感が言っていた。心なしか、自分を追いかける足音が増えた気がした。アニータは眉間にしわを寄せた。
彼女は、当てもなく走っていたわけではなかった。目指していたのは、ニールの部屋だった。
「……助けなくちゃ」
アニータは、真っ先にニールの部屋に向かっていた。それを予想していたかのように、リッツの集団はアニータを追いかけていた。それでもアニータは、ニールの部屋に入った。扉を開き、身を滑らすようにして入り、ドアを閉める。その後すぐに、ベルの音が鳴りやんだ。
部屋の中にいたアズムとルークが、驚きの表情とともにアニータを見つめた。アニータは肩を上下させながら、力なく笑った。
「どうもぉ」
アニータが苦笑交じりに片手を挙げて、挨拶をした。
「どうしました?」
アズムが、心配そうな表情を浮かべて言った。
「なんか大勢で来てるよー」
アニータの返事に、アズムは目を丸くした。
「誰がです?」
「なんか、物騒な少年少女たち……多分すぐに、この部屋に入ってくるよー。ドアのすぐそこまで、来てるからねぇ」
その言葉通り、扉が勢いよく開いた。そして、なだれ込むようにして人が入ってきた。アズムが小さい悲鳴をあげる。ルークの表情がきっと硬くなった。背の高い少年が、アニータを見つけて、叫ぶ。
「てめぇ、よくも無視しやがってよぉ! ニールはどこだぁ?」
アニータは顔をゆがませた。
「どうしようかなぁ……」
アニータに考える暇も与えず、少年は銃を構えた。
「動くなよ」
その手は微かに震えていた。
「…………」
アニータは黙って、その少年を見つめていた。