盗聴器と裏切り(6)
「ティラ」
九時ちょうど、ラインは公園に到着した。ベンチにはすでにティラが待機していた。
「……」
ティラは立ち上がると、つかつかとラインに歩み寄った。そのまま手をとり、茂みの中にラインを誘導する。
「なんだ?」
「頼んでおいたものをもらう前に、ひとつ聞きたい。私の名を、どこで?」
「うちの情報通が手に入れたみたい。俺には分からないよ」
「……エストレージャを敵にしたことを後悔した」
「俺は味方だって」
「地図を見せてくれ」
「信じてくれたってことだよね、ありがとう」
ラインは尻ポケットから、一枚の紙を出した。それを広げると、屋敷の随分詳しい見取り図が出てきた。
「エストレージャの屋敷のメインは一回だ。二階は物置きなんだ。土地は長方形。長い辺の片方が門。まっすぐ行ったところに玄関がある。門を囲むように黒い屋敷があるんだ、こういう風にね。この図、分かりやすい?」
「あぁ」
「ならいいんだ。玄関がある、長い辺の上にだけ二階がある。ここは先ほども言ったが物置きだ」
「こんなに広い物置きなのか?」
「いや、正確には物置と、使われていない部屋だ。この屋敷に空き部屋はたくさんある。とりあえずまず、ニールがいるのがこの部屋だ」
ラインは、玄関から少し右に行った広い部屋を指差した。部屋には「Neer」と書かれている。
「この部屋には鍵がある。これがその鍵だ」
ラインは胸ポケットから、古い鍵を取り出し、渡した。
「スペアはない。なくさないようにしてくれ」
「分かった」
ティラはそれを受け取ると、ぎゅっと握りしめた。
「ニールの部屋の正面の部屋、ここからこの地図上では左に五つのこの部屋が空き部屋だ」
その部屋には、何も書かれていなかった。
「ちなみに、信用してもらうために言うと、これが昨日俺と話していた男、アクルの部屋だ」
ラインは、屋敷の長い辺の、玄関から見て一番左端にある部屋を指した。そこには確かに「Acle」と書かれていた。
ティラは見取り図を素早く見た。屋敷の一番右隅の部屋に「Yatsuki」と書かれていた。昨日の盗聴で会話に出てきた人物だ。この名前がなければ疑うところだったが、どうやら見取り図は信頼できるもののようだ。
この見取り図自体がでたらめだったらお手上げだが、もとからリッツは逃げる気満々だ。違ったらニールをあきらめて逃げればいいだけの話だ。
「他にも人は点在している。一番安全な空き部屋がここだ。少しニールの部屋から離れているが、そこは許してもらいたい。隣が手洗い場所と小さな空き部屋なので、気が付かれる可能性が極めて低い。ここからこっそり侵入してくれ。窓は開けておく。ここまで大丈夫か?」
ティラはこくりと頷いた。メモをとる様子もない。そうとう頭が切れるようだ。ラインは小さく微笑んだ。
「ニールの部屋には、医者が二人いる。背の高い男と、若い女、二人とも医者だ。ある程度戦闘はできるが、数人で囲んでしまえば問題はないだろう。とりあえず最優先はニールを奪うこと。ニールの部屋には窓がひとつあって、ここを割れば中庭だ。まっすぐ進めば門が見えてくる。そうだ、門番が一人いるから、別のグループでも作ってこいつらをやっつけておくことをお勧めする。
俺が提案したのはあくまで案だ。この見取り図で名前が書いていない場所が空き家だ。好きなところから侵入するがいい。でも絶対に今日の夜だ。明日から見張りが付くから、最大限まで準備して、今日の夜に」
「……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうだよ。このくだらないエストレージャの作戦を、つぶしてくれ」
「……………」
「……ティラ?」
ティラはラインの腕に、軽く触れた。
「……どうした?」
「昨日、惚れかけていると言ったのは本当か?」
「え?」
ラインは一瞬、戸惑った。あれは言葉の綾と言うか、癖と言うか……。
しかし、ティラの思わぬ可愛いしぐさに、ぐっと来てしまった自分がいることに気が付いていた。
まぁ、いいか、どうせボスにはばれないだろうし……。
ラインは頭の片隅で、そんなことを考えた。
「惚れかけているというのは、本当か、と聞いた」
ティラは赤らみ、俯いた。
「本当だと言ったら?」
「…………」
ティラはぎゅうとラインの腕をつかむと、ゆっくりと見上げた。
「その……あの……」
「ん?」
ティラは何かを言いたそうに唸ると、さっとラインの頭に両の手をかけた。
「え?」
ティラはぐいと、ラインの頭を自分の顔の正面に引き寄せた。
「ティラ……」
ラインはそっと、自分の手をティラの腰に回した。
その瞬間だった。
茂みに隠れていたウラウが飛び出し、ラインの無防備な首後ろに当て身を食らわせた。ラインはうっと声をあげると、ティラに倒れかかった。ティラはそれを受け止めると、雑にラインを投げ捨てた。ラインは完全に気絶していた。
「女たらし野郎が」
「行きましょう、ウラウさん」
ティラは地図を片手に、ウラウを見つめた。
「おうよ」
そう言うと、大きく息を吸い、ビーノに向かって叫んだ。
「出てこい、野郎どもぉ!」
わぁっと、ビーノから歓声が聞こえた。ビーノが割れてしまうかもしれないと言うような、大きな歓声だった。そして扉という扉が開き、窓と言う窓が割れ、溢れるように人が出てきた。
「あいつら、窓をぶっ壊しやがって……」
「久々のけんかだって、血の気が多い奴らはテンションがあがってるんでしょう」
「そういう餓鬼っぽいとこ、きらいじゃないぜ……この男は、おい」
ウラウはラインをひょいと担ぎあげると、茂みの中に投げた。茂みから、金髪と銀髪の美女が二人顔を出し、ラインをキャッチした。
「そいつをひもでぐるぐるに縛って、逃げ出さないようにみはっとけ」
二人はこくりと頷くと、金髪の女性がラインを軽々担ぎ、音も立てずにビーノに戻って行った。それとすれ違うようにして、大勢の活気あふれる若者が、武器を片手にウラウめがけて走ってきた。
若者たちはウラウの前に整列すると、目を輝かせて指示を待った。
「昨日話したとおりだ、ガキども!」
うおおおっ、と若者が叫び声をあげた。その数は百人ほどだった。中には静かに、冷静にその展開を楽しんでいるものもいた。それは、リッツの中では上の地位にいる者たちだった。冷静にいながらも、久々に暴れることができるとあって、心が疼いている者も多かった。
「エストレージャに正面から侵入するぞ! 俺が指示した通りに動け! 暴れてこい!」
目を爛々と輝かせた少年少女たちが、一斉に腕を突き上げ、叫んだ。震えるような雄たけびが、空に響いた。
「行くぞ!」
ティラとウラウが、それを合図に走り出した。周りの住人が驚いて見ているのを気にすることもなく、若者の集団はティラとウラウについて行った。
目指すは黒い屋敷だった。