盗聴器と裏切り(3)
「ラインさん」
ラインが部屋に帰ろうと、長い廊下を歩いていたとき、後ろから声がした。その声の主は、アクルだった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「どうでした?」
「アクル」
ラインはそっと、長い指を立て、口元に当てた。
「部屋に行こう。報告する」
アクルは黙って、ラインの後をついて行った。
ラインの部屋は、屋敷の隅にあった。玄関から一番遠い部屋で、それなりに広い部屋でもあった。しかし、その部屋をラインは有効活用しておらず、睡眠と入浴、それに女性へ手紙を書くときにしか使用していなかった。部屋にも必要最低限のものしかい置いておらず、やけにこざっぱりとした、どこか殺風景な部屋だった。
「失礼します」
「どうぞ、くつろいで」
ラインは、ドアのすぐそばに置いてあるやけに大きなソファに腰掛けた。黒くてかっこいいから、とラインが買ってきたそのソファは、双子が二人で横になってもまだ余るほど、長くて大きなソファだった。
ソファに限らず、ラインの部屋はほとんど黒で統一されていた。溶けこんでしまいそうな気がして、アクルは少し落ち着かなかった。
「アクル。今日の報告をする前に、もう一度作戦の確認をさせてくれ。簡単に言えば、俺の役目は、向こうの参謀と接触して、そいつの力量を知ることだよな?」
「はい」
「あくまで堂々と、探るんだよな?」
「そうです。ラインさんはこっそり観察するのではなく、自ら接触し、探ってほしいんです。参謀の頭の良さは、接触しないと分かりづらいものがありますから」
「腕っ節の強さは、もうギルが調べてる」
「はい。ギルが調べている限りでは、強いのは数人ほど。あとは雑魚ばかりですよ」
「そうなのか、よし……ギルは優秀だなぁ」
「エストレージャ自慢の、情報収集係です。ところで、ラインさん、リッツの参謀はどうでしたか?」
「そうだな。今日も俺はむこうの参謀に接触してみたが、あいつらの住みかの近くにも行かせてくれなかった」
「なるほど。となると、向こうの参謀は有能みたいですね」
「あぁ。気が付いていないことと言えば、俺が偽名を使ってることぐらいだ」
「今回はなんていう偽名を?」
「エリック」
アクルはあはは、と声を出して笑った。
「この前見たドラマの主人公ですか」
「彼はかっこよかったから」
「いやぁ傑作ですよ!」
くっく、と笑いを押し殺したアクルは、真面目な顔で、ラインに向き直った。
「相手の参謀が有能、となるとやはり、少しでも早く押し掛けちゃう方がいいですかね?」
「そうだな。むこうの参謀が、何かを察して作戦を練り始めるとやばい」
「ですよね。作戦は変わらず、って感じですね」
「参謀が有能ならはやく、無能なら作戦を練ってから、リッツに奇襲を仕掛ける、だよな?」
「はい。夜中に奇襲をかけ、リッツ全員を捕獲、ニールには手を出さないように誓わせる作戦です」
「最終的には力づく……か」
「まぁそうなってしまいますね。ボスはそこがお気に召さなかったみたいですけど、一番手っ取り早い方法だからと言ったら納得してくれましたよ」
「よくボスを納得させられたな」
「得意分野ですから」
「さすがだ」
ラインはにこりと笑うと、テーブルの近くにある、小さな冷蔵庫を開けた。
「何か飲むか?」
「いえ……実はまだ仕事が残っていまして」
「そうか、それは引き留めて悪かったな」
「こちらこそ、本当はお酒でも飲みたいのですが」
「まぁそれは、この仕事が終わってからゆっくりと」
「えぇ」
アクルはソファから立ち上がると、硬い表情で、言った。
「明後日から、リッツの近くに監視を置きます」
「いつ攻めればいいか、どこから攻めればいいかを?」
「はい。調べるんです。本当は明日からしたいのですが、ヤツキに連絡が取れなくて」
「なるほどね。じゃぁ俺はどうしようか?」
「相手に怪しまれないよう、これからも接触を続けて行ってください」
「了解」
アクルはでは、とドアに近づいて行った。ドアノブに手をかけたところで、振り返る。
「お疲れ様でした。本当に」
「なに、楽しい仕事だよ」
アクルはその言葉に返事をせず、一礼をし、部屋から出て行った。
ラインはアクルの背中を見送ると、冷蔵庫から高価な酒を取り出し、鼻歌交じりにそれをグラスに注いだ。そして、冷凍庫から氷を取り出し、グラスに入れる。氷はカランカランと小さな音を立てた。
「さてと」
ラインはソファに腰掛けると、足を組んだ。
顔には自然と、意地悪な笑みが浮かんでいた。
「聞いてたろ? 今の作戦」