11 盗聴器と裏切り(1)
夕方、ボスの部屋に、アクルとライン、ギルにボスが集まっていた。今日の報告会だ。
「どうでした?」
アクルが、身を乗り出しながらラインに訪ねた。ラインは小さく微笑んだ。
「上々じゃないかなぁ」
ラインとギルは、いつもの格好に戻っていた。ラインは胸元のポケットから一枚の紙を取り出す。
「それは?」
アクルが目を細めて紙を見る。そして次の瞬間、はっと息を飲んだ。
「まさか!」
一瞬遅れて、ギルもはっと目を見開く。ラインはにやつくと、それを前後に振ってみせた。
「そう、接触した参謀の女の子の電話番号」
「本当ですか!」
ギルとアクルが声をあげ、驚愕する。ラインはふふふと笑うと、ひとつ頷いた。
「まじです」
「さっすがですよラインさん!」
アクルがはしゃぐ中、ボスは訝しげな眼でラインを見た。
「どうやってもらった?」
「何? なんか疑ってる? ボス」
「お前の、女性との付き合い方が知りたいだけだ。仕事と遊びのラインはどこなのか」
「仕事と遊びの俺がどうしたって?」
「境界線だよ境界線! お前の名前を呼んだわけじゃない! いいか、この作戦を許したのは、お前のその手癖の悪さが少しでも治ればと思ったからだ」
「そんな優しいボスが好きだよ、俺」
さらっとそんなことを言ってしまうラインを前に、さすがのボスも返す言葉が見つからなかった。
「もういいや……あとで尋問する。とにかく、相手の連絡先を手に入れたと」
「そ。あとはアクル君が指示してくれれば、そのとおりに俺は動くよ」
「作戦が楽になりましたよ……本当に凄いです」
「だろう? なんか相手もまんざらじゃなかったから、俺が本当に相手を好きになっちゃったって思うかもね」
「言うことないです」
「まぁ疑り深そうだったから、どうなるかわかんないけど」
「とりあえず」
ボスが二人の会話に割って入る。
「アクルはこれから、作戦成功のためにラインに指示を出してくれ。ラインはその通りに動くこと。進展があればすぐに連絡をくれ」
「分かりました」
「オッケー」
「では次にギル、今日何か情報収集はできたか?」
「はい。昨日今日でいろいろ盗み聞いた結果、リックの全貌が見えてきました」
ギルはそう言うと、胸元から、ラインと同じように紙を取り出した。その紙は小さく折りたたまれており、広げると机いっぱいに広がるほどの大きさになった。そこには、何やら組織図のようなものが書かれていた。
「リッツの構造は、こうです。まず、リッツのトップがいます」
ギルは、紙の一番上に書いてある丸を指した。
「その下に、エリートが数人」
みっつの丸の下に書かれた、長方形を指す。
「そしてその下に下っ端がいます」
長方形の下にある、大きな丸をさし示す。
「さらに下に、入りたてがいます」
ギルは、紙の一番下に書いてある、上の丸よりさらに大きな四角を指した。
「随分入りたてが多いみたいだが」
ボスがその図を見ながら、言う。
「入りたて、というよりかは、まだ組織について知らない輩、と言った方がいいかもしれません。外でうろついているものの大半は、ただ集まって楽しんでいる、酒を飲むために集まっている、といった感じの奴らでした。その大勢の中から、少しだけ地位のあるやつがいます。それがこの、下っ端です」
「どうしてわかった?」
ボスの問いに、すぐにギルは答える。
「たむろっている奴らを見かけると、その中心にいる人物がいるのがわかりました。この人物は、決してその中で一番年が上なわけでも、体格がいいわけでもない。平凡な少年に、屈強な男が頭を下げている場面も見ました」
ギルはふいと顔をあげる。
「おかしいですよね?」
「若者がただ集まってるグループなら、そういう光景は見られない確率が高い」
ボスが即答する。ギルは一つ頷くと、話を続けた。
「そうです。表面上は、ちょっと悪ぶってる少年軍団。しかしよく見ると、おかしいことだらけです。さらに、入りたて、下っ端の奴らがどうみても怯えている、または敬意を示している対象がいます。これが先ほど言った、エリートです」
ギルはそう言うと、丸の上にある長方形を指差した。
「最初はこいつらが統率しているのかと思ったのですが、それにしては数が多い。少なくとも二ケタはいます。それなので、この中のトップがいる、と推測しました。これはあくまで予想ですので、いないかもしれません」
ギルは、ポケットからペンを取り出し、そのトップをカッコでくくった。
「しかし、おそらくいる。じゃないと組織としてしっかりしません。エリートをまとめる集団がいるはずなんです。それともう一つ、根拠として……リッツの活動場所の廃墟。あれ、実は廃墟ではなく、所有物なんです。所有者の名前を調べてみましたが、ひっかかりませんでした。おそらくは偽名でしょう。しかし、なんらかの組織か人物が上で動いていることは間違いありません。子供たちがいくら集まったところで、ビルを買うなんてこと……考えないでしょう。というか廃墟のまま使えばいい。わざわざあんな古いビルを買うなんて」
「確かに、ガキの集まりにしてはちと大掛かりだな」
ボスは頷き、同意を示した。
「案外、俺たちは大きな組織を相手に回しちまったのかもなぁ」
「そうですね。何のために彼らが集まっているのかはまだ分かりません。これからも調査を続けていく予定です」
「いや」
ギルの提案を遮ったのは、アクルだった。
「なんだアクル?」
「もうギルは近づかない方がいい。万が一ギルが情報を聞きまわっていることがばれたら、ヤバい」
「そんなヘマはしない。今日だって髪の毛の色を変えていった」
「もちろん、ギルはそんなヘマはしない。だから町の聞き込みや、資料からの推測は大いにやってくれてかまわない。しかし、リッツのすみかに近づくのはやめておこう。念には念を入れておいてほしい。俺の作戦において、ラインさんが思ったより接近してくれたから、ギルが危険を冒してまで向かうことはない」
「お前の作戦では、俺とラインさんの行動はうまくいっているんだな」
「あぁ、できすぎだよ」
「分かった。俺はリッツのすみかには近づかない。いいですよね、ボス?」
「アクルが近づくなと言うんだ。近づかないでいい」
「分かりました。ではラインさん、何か少しでも情報がほしいので、どんな些細なことでもいいですから、参謀役の彼女、えっと、確かマリアーナだったか……との接触の時に分かったこと、感じたことを俺に教えてください」
ギルの言葉に、ラインはくすりと笑った。
「……どうしました?」
「ギル、とりあえず分かったことがある」
ラインは眉をひそませ、腕を組んだ。
「マリアーナだって? 彼女は俺にティラと名乗った。まぁ俺も彼女に偽名を使っているが……なるほど。参謀役の彼女は、少なくとも俺を信用してはいないようだ」