ティラの報告(4)
「ちょっと時系列整理だ。頭がこんがらがってきちまった」
ウラウはティラの気持ちを察することなく、話を切り出した。
「ニールがさらわれた日……朝だったか?」
「はい」
「そうだ……朝に、ニールがさらわれた。俺もお前も、この事実は知らなかった」
「そうです。私は違う作業をしていました」
「俺は朝エストレージャのやつらに会い、帰ってきて寝てた。起きたのは昼ごろだが……結局ニールがさらわれたのを知るのは、今日の朝。お前が報告しに来たんだ。それまでは別の仕事をしていて、あいつらと関わらなかった。まぁ、そもそも俺はそんなにしたっぱのやつらとは関わらないんだが」
「私が知ったのは夜中でした」
「エストレージャの接触があったこと、ニールを引き渡したこと、それをニールの世話係が知ったのが夕刻あたりだった、だよな?」
「はい。その後世話係は人攫い屋に依頼、しかし騙されて、うろたえた挙句私に報告をしてきた……と」
「お前が夜中に叫び散らしてたんだよな」
「……はい」
「それが二日前。昨日はとりあえず俺にお前が報告、その後俺はニールを逃した奴らに制裁。お前はエストレージャについて探索、と」
「はい。他の人にも頼んでもらい、エストレージャの情報、今の動きを探ろうとしましたが、無駄でした。何も分かりませんでした。黒い屋敷に行く勇気がある者もおらず……どうしようかと、違う手を考えていたのです」
「俺は本部に連絡。まぁニールを取り返せってのが当たり前の返答だった。俺は白い二人を探してみたが……みつからなかった。そして、今日」
「はい。先ほど、エストレージャからの接触がありました」
「……なるほどねぇ。先手を打たれている感が否めないが」
「煙のように、ニールとともに消えられると思っていたんです。音沙汰もなければ、こちらから命がけで屋敷に乗り込むしかない。そこを向こうから接触してくれたんです、むしろ好都合かと」
「まぁな。もちろんそいつがエストレージャだったらって感じだが」
ウラウは手を顔の前で組むと、そのまま前かがみになり、肘を膝の上に乗せた。目の光の鋭さが変わる。刺すようなその視線に、ティラの背中がぞくっとした。
普段はひょうひょうとしているが、怖い。本当はとても怖く、ぞっとするような迫力を持つ男なのだ。ティラがこの人のもとで働いているのは、尊敬や慕っているのが理由ではない。ただひたすら、本能が「こいつには逆らっちゃいけない」と言っているのだ。
ティラはごくりと生唾を飲んだ。
「その男について、詳しく聞かせろ」
「はい……私、外でたばこを吸っていたんです。そうしたら、長身の……百八十はある男が、こちらにむかって走ってきました。そして、私に会いたかったと、そう言いました。よくあるナンパの手口です……しかし、違和感を覚えました。勘だったのですが、エストレージャのメンバーなのではないかと思い、単刀直入にお前はエストレージャだろうと聞きました」
まじかよ、やるなぁ、とウラウは口笛を吹いた。
「相手は最初とぼけましたが、後にそのことを認めました。一目ぼれであるということは否定しませんでした。彼は私に、エストレージャの情報をくれると言いました。彼がエストレージャなのかもわからなかったので、適当に説明をさせたのですが……信憑性があるんです。どうも嘘にしては出来過ぎているというか。もしかしたら彼はエストレージャなのではないかと思いました」
「お前の勘はするどいからなぁ」
「勘が当たっているかは分かりませんが……彼の連絡先ももらいました。私が持っている携帯のひとつの連絡先も教えておきました。何かあったら連絡するようにと言っておきました。彼はまた会いたいと言ってきたので、そのときにエストレージャである証拠を持って来いと言っておきました」
「それはどんな証拠だ?」
「エストレージャが住む屋敷の、内部の映像です」
「へぇ。それは確かにいい情報だ」
「それを持ってこれたら、エストレージャであるのは間違いないでしょう。その条件を提示した時、彼はそんなものでいいのかとあっけにとられたような感じでしたよ」
「なるほどな」
ウラウは顎を手でさすると、ううんとうなった。
「その男が何を考えているのか分からないが、接触をしておくのは悪くない。もしそいつが本当にお前に惚れたのであれば、それをうまく使うに越したことはない。しかし、まだ信じるには早いな?」
「そうですね。相手が何をしたいのか、まったくもって分かりません。こちらの情報を探りたいわけでもないようですし、そもそも彼が単独で動いているのか、指示を受けているのかもわかりません」
ウラウはそうだよな、と頷くと、ウラウにもたれかかっていた銀髪の女にそっと耳打ちした。女はこくりとうなずくと、部屋の隅に置いてある箪笥の引き出しを、ごそごそとひっかきまわした。そして、小さな袋を取り出し、ウラウに手渡した。
ティラは目を凝らした。透明な袋の中に、とても小さな灰色の物体が見える。
「ティラ」
「はい」
ウラウはその袋を目の前に掲げると、言った。
「今、どちらにしろリッツはエストレージャに先手を打たれたことになる。このまま相手の手の内を探り続けていたら、気が付かないうちに相手の作戦にはまる、なんてこともある。それは避けたい、そうだろ」
「はい」
「こういうときは、相手を探っているふりをして、相手が探っていることを知ることが大切だ」
「……というと?」
「これを仕掛けてこい」
ウラウは袋を揺らした。
「それは?」
「盗聴器だ。超小型のな。なかなか珍しいもんだから、いざというときに使うよう本部から支給されている。ニールは必要だ。今度会ったら、これを男にひっつけてこい」
「かしこまりました」
ティラはウラウに歩み寄り、そっと膝をつくと、頭を下げ、袋を受け取った。
「ニール奪還の件、逐一知らせろ。何かがあったら俺とお前で相談だ。人員が必要なら自由に使っていい。くれぐれもそいつらに勝手に動かないように伝えておけ。わかったか?」
「はい」
「今持ってる仕事は、誰かにまわせ」
「はい」
「んじゃ、さがれ。俺はそろそろ眠りたいんでね」
ウラウは豪快に伸びをした。面倒くさそうに、頭をかく。
「では。失礼します」
ティラは一礼すると、細長いその部屋を後にした。
「………………」
扉をゆっくりと閉じ、ぱたんと音がしたと同時に、ティラはふうとため息をついた。汗がじっとりと、背中を流れる。
このミッション、何としてでもクリアしないと……。
ティラは唇を噛みしめ、前に進んだ。まずは今持っている仕事をメンバーに託すのが先だ。どうせ事務処理と、ちょっとした任務だ。ニール奪還計画よりかは、どれも軽い。
心臓が高鳴った。失敗したらどうしよう、エストレージャは何を考えているのか、どうでてくるのか。そういった不安とともに、もし成功したら、どんな報酬がもらえるのか、といった楽しみを感じていたのも事実だった。
絶対に成功させてやる。何度も、ティラは心の中でそう唱えた。