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エストレージャの願いを  作者: 村咲アリミエ
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   ティラの報告(3)

 ビーノハウスは、廃墟だったビルを丸ごと使用している。


 一見、リッツという集団は若者のお遊び集団に見えるかもしれない。不良がたまり場として、廃墟に集まっているのだろう、と思っている人も少なくないはずだ。


 しかし、実際は違う。そもそも、このビルは廃墟ではない。正式に購入されたものなのだ。外装を変えていないだけで、中は立派な部屋がいくつもある。三階まであり、各階に部屋は八つずつ。壁をぶち抜いた広い部屋がいくつかあるので、部屋数は十八だった。


 リッツのメンバーも、ただ時間をつぶしにビーノハウスへ出向いているわけではなかった。まだリッツに入ったばかりの新米は、ただ酒を飲みに来たり、賭けをしに来たりする奴もいる。しかしそういうやつらは、じわじわと、リッツという組織の真の姿を目の当たりにする。先輩が、少しずつ、少しずつ情報を与えて行くのだ。


 それに気が付き、身を引くやつもいる。しかしそういうやつらに、リッツは金をたんまりと与える。リッツの情報を他にもらしたくないからだ。


 リッツを作った上層部の三人は、二人が女、一人が男だった。実際に実権を握っているのは男で、女は側近だった。


 その男に気に入られたごく一部の人は、リッツの真の姿を知っている。


ティラも、そんな数少ないメンバーの一人だった。


 慎重な性格と、頭の回転の速さ、冷静沈着な物言いが気に入られ、入ってから一年で、リッツの数少ないメンバーに入ることができたのだ。これはリッツの中では、異例の早さと言えた。


 しかし、ティラは満足していなかった。


 もっともっと早く、あの三人に気に入られたい。

 リッツを作った三人は、そこから遠く離れた場所にある、巨大なグループのメンバーだった。その巨大なグループは、「能力がある人を貸出する商売」をしていた。


力のあるものが必要とする相手にはひとりでトラックがひけるほどの筋肉質な男を貸した。計算能力が高い人を必要とする会社には、どんな数値でも瞬時に暗算で答えを叩きだす少女を貸した。


 貸し出し屋リイビーノ。


 表には出ないところで、リイビーノという貸し出し屋は知名度を上げていた。

 人材も増えたリイビーノは、さらなる人材を探すべく、各地に派遣を飛ばした。その先で、将来有望な少年少女を見つけるよう、指示を出した。


 リイの複数形、リッツという分家。それは今、世界に十五か所ほどある。どれも皆、小さな集団だったが、優秀な人材をひそかに集めていた。


 ティラは、将来本部で働くことを夢見ていた。そこで働けば、一回の仕事で金貨が何百、何千枚ももらえると聞いていた。金を得て、遊びながら暮らしたかった。好きな服を着、好きな家に住みたかった。そのために、ティラは自分の能力を余すところなく使用していた。


 三階の、一番隅の扉。ティラはそこを、三度ノックした。


「だぁれ?」

と、すぐに女性の声がした。


「ティラです」

 ティラが言うと、今度は男の声が

「入れ入れ!」

 と、元気よく答えた。ティラはゆっくりと、扉を開けた。


 部屋三つ分を使ったその部屋は、いつ来ても馬鹿みたいに広かった。そして馬鹿みたいに縦長だった。部屋全体を赤い絨毯が覆い、扉から横に、まっすぐ縦長な部屋だ。扉から一番遠い場所に、男がでんと座っている。椅子にではなく、地べたに座り、壁に寄りかかっている。背中には高級そうな座布団が敷かれていた。


その男は、金色の髪はぼさぼさ、服もぼろぼろだった。擦り切れたジーンズに、肌が見えるほどぼろぼろになったタンクトップ。その上から着てある黒のファー付きのガウンも、ぼろぼろだった。何もかも古いものを着用していたが、目だけは異様に綺麗な黒色だった。肉体はたくましく、タンクトップが今にもはちきれてしまうのではないかと思うほどだ。


その横に、べたべたとひっつく女性が二人いる。一人は金髪、一人は銀髪。髪がとても長く、驚くまでのストレートだ。あまりに綺麗なその姿から、リッツの中ではあの二人は猫が化けているんだと噂されるほどだった。


大きなネコ目が、ティラの姿を捕える。ティラはその視線を無視した。あの二人はどうも苦手だった。


「よおティラ。どうした? 深刻な顔してるじゃねぇか」

「ウラウさん」

 ティラは男の名を呼ぶと、一度呼吸を整え、息を吸い込み、言った。


「信じられないのですが、エストレージャが接触してきました」

「おいおい! そりゃまじかよ」

 テンションの高い反応が、ティラをいらつかせる。しかしティラは、あくまで冷静に、話を続けた。


「はい。でも本当かわかりません。ウラウさんは確か、エストレージャを見たんですよね」

「あぁ。俺が見たのは二人だよ。白髪の女と男。この前偶然、その二人がドンチャンしてるのを見たんだ。じかに俺がだぜ」

「今日会ったのは、というか接触してきたのは、長髪に褐色の肌を持つ男でした……。ウラウさん、ウラウさんがエストレージャに会ったという、その時の様子、もう一度詳しくお聞かせ願えますか」

「いいぜ。記憶に鮮明だからなぁ」


 ウラウはあごひげを撫でると、続けた。

「なんだか派手にやらかしてたぜ。街中で発砲したりしてよぉ。若い奴らだったし、将来有望かなって思って近づいてみたらさ、エストレージャの名刺とか渡してんの。あれには驚いたぜ、まじ本物なんだもん。噂には聞いてたけどよ、でかでかとした星マークが入った、地味な名刺だったよ。まさか本物をお目にかかる日が来るとはな。なんでもそれを持っていないと、エストレージャの屋敷には入れない、とか言われてるぜ。さらに、それを渡された奴から奪ったら、エストレージャのやつらに殺されるって噂があるからよぉ、怖くて奪えなかったけど」


「その直後に、ニールがさらわれたんですよね」

「あぁ」

「ニールの世話をしていた奴らは、慌てて人攫い屋のディーディーに連絡をした。失敗を帳消しにしたかったから」

「それが、そいつにも逃げられたってんだから、笑わせやがる」

 ふん、とウラウは鼻で笑った。


「しかも、エストレージャからの使いが、ニールをひきとらせてくれないかって頼みに来たときの対応も悪かった。対応した奴らが何にも知らないただの不良ってのも、不運だった」

「詳しくは知りませんが、エストレージャの使いが来たというのは聞いています」

「詳しく知らないのか?」

「はい、私が聞いても、あいつらは言い訳ばかりで……。その使いっていうのはエストレージャの一員ではないのですか?」

「金で雇われた、ただのカップルだってほざいてたぜぇ」

「なるほど……エストレージャ、なかなか姿を見せたがらないようですね」


「白髪の二人が来なかったのが謎だけどなぁ。まぁ、連れ去った本人が来るのはおかしいか。まぁ……とにかくそいつらに対応した、何にも知らない不良らは、上に連絡もせずに、ほいほいとニールを引き渡しちゃったんだってよ。これはさすがに、エストレージャも怪しむわなぁ?」

「……何故連絡をしない……」

「世話係の人たちが大変そうだったから、これを機に引き渡せばいいと思った。奴らはそう言ってたぜ」

「ニールの世話をしていた奴らも、対応した不良どもも、とんだ失敗ばかり……」


「俺は、対応した不良どもに非はないと考えている。いつも良くしてもらってる世話係の奴らの負担を、減らせればと思ってやった好意なんだからな。ニールの世話係の奴らが、もうちっとちゃんとしてればよかったんだよ」

「確かに……不良たちは、まだ何も知らないのですもんね」

「うん。だから、勝手なことするなって殴るだけにしといてやったぜ。世話係の奴らは、俺たちの真の目的も知ってたからな。さすがにぷっつんきたんで、そいつらを解雇しといたよ。のどはきっちり、つぶしといた」


 恐ろしいことをさらっと報告してしまうあたりに、ティラは少し背筋が寒くなったが、あくまで平静を装った。


「……私がしっかりと見ていれば」

「気にすんな、お前は周りに気を配り過ぎなんだよ」


 ティラは奥歯を噛みしめた。分家ではあるが、それでもひとつの組織であるところの頭が、こんなに悠長なことを言うとは。しかしティラは、一瞬で怒りを押し殺す。いまこいつと戦ったところで、何も得るものはないのだ。


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