行動開始(4)
ラインとギルが帰ってくるまでは自由にしていろと言われたアクルは、真っ先にニールの部屋へと向かった。ニールの部屋に近づくにつれ、騒がしい音が聞こえてきた。チェーンソーで金属を削る音、トンカチで釘を叩く音……アクルは久々の騒音に、胸が躍った。ヤツキの時は、喜びよりも驚きが勝ってしまったが、仲間との久々の再会は嬉しいものだ。
ニールの部屋の前で、一応その扉をノックするが、工事音にかき消される。せわしないその音に、アクルはにやりと笑うと、部屋に入った。
部屋にニールはいなかった。おそらく双子と、屋敷探検でもしているのだろう。医者の二人は、治療室でデータの解析でもしているのかもしれない。まぁ、何もすることがなくても、このうるさい部屋から出て行きたくなるだろうから、ここに人がいないのは予想済みだ。
部屋の隅に、脚立が置いてあった。黒い天井の端が少しだけ空いており、そこから火花が見えた。そこに向かって、アクルは大声で叫んだ。
「ギャン! ギャン!」
しかし機械音は鳴りやまない。アクルはにやにやと笑うと、火花のすぐそばまで歩み寄った。あまり近づきすぎると、やけどをする危険性がある。
「おいギャン! ギャーン!」
ぴたり、と騒音が鳴りやんだ。そして直後、天井から返事がした。
「あぁ? 誰か呼んだかぁ?」
「俺だよギャン!」
おっ、と天井の声は驚きの声をあげた。
「おいおい、その声はアクルかよ?」
「そうだよギャン! 久しぶり!」
「久しぶりったって二カ月ぐらいだけどなぁ。ちょっとまってろよ、今……降りるからよ」
天井から、ぼろぼろのスニーカーが見えた。脚立に足をかけ、ギャンは器用に天井から降りてきた。
降りてきたのは、ガタイのよい男性だった。背はアクルより顔一つぶん高い。髪の毛は銀髪で、編みこまれている。首の付け根あたりで、その編みこんだ髪の毛のあまりを、黒いゴムで束ねている。その長さは、二、三センチだ。白い繋ぎを着ていたが、もうそれは白だったというのを忘れさせるほど、黒く汚れていた。その汚れが、ギャンにとっての勲章だと言うことを、誰もが知っていた。
「ギャン!」
アクルは煤汚れたその姿を見るなり、ギャンの胸に飛び込んだ。おいおい、とギャンは困った表情を浮かべながらも、軍手をした手でアクルの肩をぽんぽんと叩いた。つけていたいかついゴーグルをあげ、真白な歯をのぞかせる。
「アクル、せっかくの背広が汚れちまうだろうが」
「別にかまわないよ。しかし、すぐに戻ってきてくれたんだな!」
「あぁ、ちょうど一仕事終えていたんでな、昨日一日かけて戻ってきたんだ」
「そうだったのか、どこに行ってたんだ?」
「西の町さ。リアクってとこだが、知ってるか?」
「港町!」
「そうそう、あそこの魚料理は美味い」
「いいなぁ、俺も連れて行ってくれよ」
「はっ」
ギャンは鼻で笑った。
「お前はどんなに俺が頑張って連れて行こうとしたって、ボスの傍を離れやしないだろうが」
「ばれたか」
アクルはにやりといたずらっぽく笑った。
「ちゃんと土産を買ってきたから、楽しみにしてろ。さっきファインに魚を大量に渡しておいた。今日の夕飯はおいしい魚料理だ」
「まじかよ! やったぁ!」
アクルが無邪気に喜ぶ姿を見て、ギャンは小さく微笑んだ。
ギャンは、エストレージャの中で一番の年長者だった。ボスやライン、アクルとひとまわり以上年が違う。彼から見れば、アクルは息子のようだった。ギャンは、アクルを本当の息子のように可愛がっていたし、アクルもギャンを心から慕っていた。ギャンは、エストレージャの中で、父親のような存在だった。彼を皆、慕っていた。
しかし、ギャンはよく屋敷を離れて大工の仕事に行っていた。ときに彼の趣味で、ときに仕事で、彼はいろいろな街へ出向いた。そこで、あるときは電柱を直し、またあるときは家を建てた。
彼は、エストレージャで働いているとき以外は、いつもどこかに行っては人々を助けていた。そのため、なかなか彼と会う機会はなかった。急な仲間の帰還に、アクルは心から喜んでいた。
「正直、こんなすぐに戻ってきてくれるとは思わなかったんだ。二、三日かかるかと」
「そうか、はっはっは! それがいきなり工事してたら、驚くわな。双子たちにも、ひとしきり歓迎を受けたよ」
「あいつら、でかくなったろう?」
「本当に。あのぐらいの年の奴は、すぐにでかくなっちまう」
「な、すぐに立派なレディーになっちゃうよ。ところで……ニールとは会った?」
「あぁ」
二人は、地べたに座って話しをしていた。ギャンは光る銀髪を、何度か撫でる。
「あの子はいい子だね。ちゃぁんと挨拶してくれたよ」
「いい子だよな」
「本当に」
「ニールの詳細は、ボスから?」
「あぁ、聞いてるよ。聞いたから、すぐにこの作業を始めたのさ。少しでも彼の役に立つなら、ね」
「そうか、そうだよな」
「作戦も聞いたぞ。この案、考えたのはお前なんだろう?」
「そうだよ」
「単純だが面白いな。しかしこの機械、なかなか作るのは難しいぞ!」
その言葉に、あははとアクルは笑った。
「ごめんね、難しいこと、頼んじゃって」
「はっはっは」
ギャンは豪快に笑うと、立ち上がった。
「難しい仕事の方がやりがいがあるってものよ。任せときな。明日までには完成するから」
「本当か!」
「あぁ。機械をな、この部屋の四隅につけようと思ってる。そうしたら、まんべんなく行きわたるんだよ」
ギャンは部屋の四隅を順番に指差した。
「へぇ、計算済みか」
「さっき煙で実験した。煙の勢い、角度、全部調整してある。それと、この機械がなんだかニールにばれないために、換気扇みたいなさりげないデザインにしておけばいいんだろう?」
「そのとおり! もう、ギャン、最高!」
「任せろよ」
ギャンは腕を組むと、楽しみだ、と笑った。
「じゃ、俺は作業に戻る。飯はえっと……七時に全員集合だったか?」
「あぁ、いつもと変わらず、七時だよ」
「了解。じゃぁ、こっちもうまくするから、そっちもうまくやれよ、参謀長」
ギャンはそう言うと、天井裏に戻って行った。機械をいじる音がし、やがてまた、騒がしい機械音が部屋を包んだ。アクルは、そっと大工に手を振ると、その部屋を後にした。
アクルはその後、部屋に戻り、まずはニールを守るための作戦に穴がないかを確認した。相手の立場になって物事を考え、相手がどうでるかの予測を多方面から想像した。予想外の事態がおこらないように、最高の事態から最悪の事態までを考慮する。