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エストレージャの願いを  作者: 村咲アリミエ
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  行動開始(2)

 アクルがニールの寝室に着いたのは、五時十分前だった。部屋にいるメンバーは、昨日と変わらない。医者のルークに看護師のアズム、情報屋のギルに、その彼女のアニータ。双子のミクロとマクロ、それにライン。ニールはまだ、すやすやと眠っているようだった。


 ニールの寝ている姿を見て、アクルはニールの目にゴーグルが装着されていることに気が付いた。ゴーグルは黒く塗りたくられている。あれでは、起きても目の前が見えないだろう。


アクルはボスに近づき、挨拶をした後、そのことについて訊いた。

「おはようアクル。今日は、ニールが起きた時に視覚が遮断されていたらどうするか、っていうテストだ。ギルの案だが、外部の情報を一番受けている視覚を遮断したらどうなるか、それを調べてみるのはどうかというのでな」

「なるほど」

「周りからの光が遮断されているから、昨日よりよく眠るかもしれない。とりあえず起きるまで、放っておく」

「分かりました」


 アクルの後に来た人はいなかった。中にいる人は、昨日と同じく、ほぼ無言だった。ひたすら、ニールの起床を待っている。


 ニールが起床したのは、八時だった。

「ん……あれ」

 ニールはひとつあくびをすると、首をかしげた。

「あ……」

 ニールはゴーグルが装着されていたことに気が付き、それを取ろうとした。

「動くなニール」


 ゴーグルに手が触れる直前に、ボスは叫んだ。びくっとニールの体が動き、そのまま固まったように動かなくなる。


「…………ボス、このゴーグルのせいで、僕の目の前は見えないんですよね?」

 ニールは冷静に、ボスに問いかけた。あぁ、とボスは答える。

「どうやら周りが見えないと、お前は発作を起こさないらしいな」

「…………」


 ニールはぽかんと口を開けたまま、黙りこくってしまった。皆、動かずにニールの言葉を待つ。

「僕は……」

 やっと出たニールの声は、震えていた。

「僕は発作を起こさなかったのですか?」

「あぁ」


 ボスの肯定の返事に、ニールの口元はわなわなとふるえていた。

「こんな……こんな嬉しいことってありません……あぁ」

 感極まって、ニールは涙を流した。ゴーグルに涙がたまる。ニールはゴーグルに手を伸ばし、涙をぬぐうために、ゴーグルを少しずらした。


「あっ」

 一番近くにいたルークが声をあげ、その動作を止めようとしたが、遅かった。その声のあと、ニールは自分がしでかしてしまったことに気が付き、慌ててルークの顔を見た。怒っていないか、心配になったのだ。


 ルークとニールの視線が交錯する。その瞬間、ルークはほとんど本能で、後ろに飛び退いた。ニールの目から、光が消えていた。その視線から感じたのは、間違いなく「殺気」だった。


 ルークは後ろに飛び退きながら、悠長に、しかし冷静に、考えていた。

 これが、少年の目か、と。


恐怖すら感じさせる、この目は何だ。目の前にいる少年は、どうしてこうなってしまったのだ、と。


 同情した。そして、決意した。

 この病気、なんとしてでも解明してやろう、と。改めて、ルークは自分の心に、誓ったのだった。


 瞬時に後ろに退いたルークの判断は、正しかった。ニールの右手が、ルークの鼻先をかすめる。それと同時に、双子がルークの真横を走り抜けた。同タイミングで、ルークの腕をつかむ。ルークがどさりと倒れる音がした。


 双子がニールの両腕の自由を奪ったために、ニールは身動きが取れなくなる。ニールが何かを叫ぼうと息を吸った際、ニールの首元に、小さな針が突き刺さった。


「がっ」

 ニールは叫び声の代わりに、苦しそうな声を漏らした。


「っ……あぁっ……ぐっ!」

 うめきながらも、必死に双子の呪縛から逃れようとする。しかし、次第にニールの力は抜けていき、最終的に、双子に全てをゆだねる形になってしまった。ニールが暴れないことを確認してから、双子はそっと、ニールの首の後ろにささった針を取った。そして、ニールをベッドに連れて行って横にした。ニールは目を閉じ、静かに眠っていた。


「ルークさん」

 アズムが、心配そうにルークを見る。ルークは起き上がると、鼻を押さえて言った。


「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 双子が申し訳なさそうにルークを見つめた。


「大丈夫だ。驚いたが、大した怪我はしていない。かすめた程度だよ」

 ルークはそう言うと、鼻を押さえた手をどけた。確かに鼻の先が少し赤くなっているだけだった。それを見て、アズムと双子が安堵の表情を浮かべる。ルークは双子の頭を、そっと両手で撫でた。


「怪我はないか」

「はい」

「大丈夫です」

 双子はしゅん、と頭を垂れた。


「アズム、的確だったじゃないか」

と、アズムを褒めたのは、ボスだった。いえ、とアズムは小さく首を振る。

 双子がニールの動きを止めた瞬間、首もとに針を投げつけたのは、アズムだった。その針の先端には、人を瞬時に眠らせてしまう薬が塗ってあった。その薬を作ったのは、針を投げた本人、アズムであった。


「一時間もしないうちに目を覚ましますよ」

 ミクロが無言で手渡した針を受け取りながら、アズムは言った。その針は、傍にあったごみ箱に投げ入れた。


「事後報告で悪いが、今日のテストの目的はふたつあった。ひとつは、視界を奪うとどうなるか。もうひとつは、暴れた時に、アズムの作った睡眠薬が効くか、というものだった」


 ボスはそう言うと、ふうとひとつ息をついた。


「ルーク、大丈夫なんだな」

「大丈夫です。しかしびっくりしましたよ……彼と目があった瞬間、襲ってきましたからね」

「視覚が、発作の重要条件であることは判明した、そうだな?」

「えぇ、そうでしょうね。明日のテストはどうするか……ギルとアズムと、相談しておきますよ」

「あぁ、よろしく頼む。他に怪我したものはいなかったか?」


 大丈夫です、と他の皆が答えた。

「ボス」

 挙手をしながら、アズムがボスに話しかける。


「なんだ?」

「麻酔で眠らせた後、起きてから発作が起こるかどうか分かりません。一応ニールが起きるまで、皆さんにここにいてほしいのですが」

「あぁ、そうだな。じゃぁ皆で、ここにいて待とう」


 ニールが起きたのは、それから四十分ほどたった時だった。目を開け、最初にルークと目があった。ルークは体をこわばらせたが、先ほど感じた恐怖はなかった。


「……おはようございます。あれ……僕は……」

 ニールは上半身を起こすと、周りを見渡した。皆の視線が自分に集中しているのが分かる。

「あれ……さっき僕、発作が起きなくて、それで……?」

「そのあと発作が起きたの。すぐに私が睡眠薬を使ってあなたを眠らせたわ。何か変な感じがする?」


 アズムがニールに問いかける。ニールは首を横に振ると、あぁ、と両手で頭を押さえた。


「発作は起きてしまったのですね……」

「大丈夫。誰も怪我はしていないし心配しないで」


 アズムがそっと、ニールの肩を抱いた。うう、とニールがうなった。


「そうだ、心配し過ぎなんだよ、ニールは」

 ボスは困ったようにそう言うと、ニールのベッドに腰掛け、ニールの頭を何度も撫でた。


「大丈夫だって。今日もまた一つ進展があったんだ。俺たちに全部任せろ。堂々と暴れていいんだから」


 はい、とニールが小さく答えたのを、アクルは聞いた。


 どれだけ大きな重りを抱えているんだ、この少年は。そう思ったのは俺だけではないだろう、とアクルは心の隅で考えた。ニールの俯くその姿は、あまりにか弱く、儚かった。


「んじゃま、この後はルークとアズムに任せるわ。他の人は解散。ライン、ギル、十一時に俺の部屋に来るように。以上解散」


 ボスの一声で、その場は解散となった。ニールの部屋には、医者の二人以外に双子が残った。


「アクル」

 ニールの部屋を出た直後、ボスは振り返り、後ろのアクルに声をかけた。


「はい」

「十一時半、俺の部屋」

「分かりました」

「それまではゆっくりしてな」

「はい」


 アクルは軽く礼をすると、ボスの去っていく背中を見つめた。その視線に気が付いたのか、ボスは振り向かず、軽く手を振った。


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