9 行動開始(1)
アクルはその後、またひと眠りして、夕食に向かった。大食堂には、少しずつだがエストレージャの人々と仲良くなろうとするニールの姿があった。自分の殻に閉じこもってしまうのでは、とアクルは心配していたが、杞憂だった。ニールは、自ら進んで、屋敷での生活になれようと努力しているように見えた。
特にニールは、双子と仲が良くなったようだった。双子も、同じような年の仲間ができて嬉しいのだ。三人で並んでいる姿は実にかわいらしく、誰もが思わず微笑んでしまうような光景だった。
七時ちょうど、大食堂にボスが現れた。そこには、ニール、双子、ギルにアニータ、ライン、それとアクルがいた。料理人のファインは、ボスが入ってくると同時に、キッチンから出てきた。
「みんなお疲れ」
この言葉を合図に、皆が立ちあがり礼をするのは恒例だ。
「堅苦しいのはやめて、座ってくれ」
とボスが言うのも、またひとつ習慣である。ボスは本当に、堅苦しい挨拶はやめてほしいと思っているのだが、根は真面目なラインがそれを拒んでいた。
組織のボスに敬意を払う場面がないと、組織は緩んでしまう、というのがラインの持論だった。
元々、ラインはとても真面目な人物なのだ。女性関係に関してだけは不真面目なのだが、それはもう「玉にきず」なんて言葉では許されないほどのひどさだった。ボスも頭を抱えてしまうほど、ラインは「真面目な問題児」だったのである。
アクルは、そっとニールを見た。今日はニールも、皆と一緒に立ち上がり、礼をしている。その姿を見て、アクルは微笑した。
「うおー、今日も豪華だなぁ」
ボスは机に並べられた食事を見ると、目を輝かせた。
「今日は中華料理です」
ファインが照れたように笑う。
「いいね中華。俺、チャーハン大好き」
ボスはそう言いながら、いつもの椅子に着席した。右にはアクルがいる。
皆の座る席が決まっているわけではないが、大体ボスは大きな机のど真ん中の席、アクルはその右側、というのだけは指定席のようなものだった。
「それでは、食事をしよう。まずは料理を作ってくれたファインに感謝を」
ファインに向かって、皆が頭を下げる。ファインも頭を下げる。
「そして全てのものに感謝を……」
皆、手を合わせる。
「いただきます」
ボスに続いて、皆が言う。
「いただきます」
その日の食事は、大層賑やかな食事だった。いつも賑やかではあるが、新しい仲間が加わったことにより、皆いつも話さないようなことまで話していた。例えば自分の名前の由来、特技、苦手な物……。ニールも自分のことを懸命に言葉で表現し、時に皆を話しにひきつけ、また時には皆を笑わせる発言をした。
「あぁ、気が付いたらもう九時か」
ボスがそう言うと、皆慌てて壁にかかっている大きな時計を見た。
「ほんとだぁ」
アニータが苦笑交じりに言った。
「まぁみんな食べ終わっているだろうし、とりあえずごちそうさまの挨拶を」
皆、手を合わせて目をつむる。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
ボスは目を開くと、ニールを横目で見た。
「さて……明日のことを、とりあえず皆に伝えておく」
ニールの体に緊張が走る。
「明日も五時からだ。皆、なるべく来るように。今日と同様、ミクマクに戦闘を任せてある。医者の二人は、朝はニールの部屋にいる。ニールの部屋にいないときは、大抵治療室にいるそうだ。今も治療室にいる。他にもこれから、何かと連絡事項が多いだろうから、伝書鳩のチェックを怠らないように」
「はい」
皆の返事に、うむ、とボスは頷いた。
「それだけ。では、解散!」
その場に残るものあり、席を立つ者ありだった。ボスは立ち上がったので、アクルもそれについて行った。ボスの部屋の前まで行くと、ボスはにこりと微笑んだ。
「今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「あの、ギルとラインさんに話は……」
「もうすんでる、心配するな。お前の悪いとこは、心配し過ぎるところだ」
ボスはアクルの肩をばしんと勢いよく叩いた。容赦ない力の入れように、ううとアクルは唸る。
「へへ」
ボスは意地悪く笑うと、部屋に入って行った。
「お休み、アクル」
閉めかけたドアから、指先がのぞき、ちろちろと動いた。
「おやすみなさい」
アクルは扉が閉まるのを確認すると、部屋に戻った。
あれだけ眠ったにもかかわらず、疲れはとれていなかった。沈むように眠り、朝の四時に目が覚めた。