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エストレージャの願いを  作者: 村咲アリミエ
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  作戦(3)

「そうだ。そして得意分野。作戦を立てるのは得意だろう?」


 にやり、とボスが笑った。アクルも思わず笑い返したが、その笑みは苦笑いだった。


「得意……ですけど」

「だろ?」


 サングラスの奥から、ボスの目がアクルの視線を捕える。その目は笑っていたが、アクルがそこから感じ取ったのは、楽しさではなく迫力だった。


「……どういった作戦を立てればいいのでしょう」

 ボスはふふ、と笑い声を洩らすと、ゆっくりと言った。


「リッツのガキ集団に俺は非常に腹を立てているので、二度とニールを取り戻そうなんて考えないよう、お仕置きをしてやりたい。そのために、できれば屋敷で小一時間の説教を食らわせたい。そして二度と悪いことはしません、と誓わせたい。そんなことができる作戦を頼む」

「さすがボス……むちゃくちゃな」


 アクルは、今度は本当に笑ってしまった。その反応を見て、ボスもにこりと笑う。


「無理かい? エストレージャの知能君」

「まさか」


 アクルの笑顔が、消えた。その表情から読み取れる感情は、リッツへ対する怒りだった。


「嫌な癖です。ついつい頭が働いてしまう」

「ということは?」

「もう思いつきましたよ」

「……ブラボー」

 今度はボスが苦笑した。



 アクルは、ボスに作戦を説明した。ボスは渋るような作戦だったが、しかし、確かに最も確実な方法であったので、最後は首を縦に振った。


「その作戦を、明日アクルから説明してもらう。とりあえず呼ぶ人は、ギルとラインだな。あの二人には、俺からさっきの推測を説明したうえで、明日ここに集まるように言っておく。ギャンにも連絡を取っておくよ。きっとすぐに駆けつけてくれるだろう。お疲れ様だアクル、ゆっくり休んでくれ」


 そう言われた瞬間、アクルの肩がずっしりと重くなった。次に頭がぼーっとした。睡魔がいきなり顔をのぞかせたのだ。


 アクルは部屋に帰った。伝書鳩に、ファインからいつでもご飯を作るから、連絡してくれと気のきいたメッセージが届いていたが、取りあえずは寝ようと、ベッドにもぐりこんだ。眠った時はまだ朝早い時間帯だったが、起きた時には日も沈みかけていた。


 アクルは目をこすった。もう随分寝てしまったらしい。頭がぼーっとしたが、睡魔はさすがにどこかに消えてしまったようだった。


 とんとん、とドアをたたく音がした。そういえば、ノックの音で目が覚めたことを、アクルは思い出した。


「どうぞ」

 眠い目をこすりながら、アクルはむくりと起き上がった。扉が開く。その先には、双子とニールがいた。


 ニールを見て、心がずきりと痛んだが、アクルは感情を押し殺した。

「寝てました?」

 心配そうに聞いたのは、右目に眼帯をつけたミクロだった。


「大丈夫、寝すぎたよ。どした?」

 ベッドを綺麗にしながら、アクルは聞いた。

「今、屋敷の案内をしてたんです」

ミクロの後ろから、ひょいとマクロが顔を出した。二人に挟まれるように、ニールが立っている。三人の背の高さはほとんど同じで、三つ子のようだった。


「入っていいよ。仲良くやってるみたいじゃないか」

 アクルは微笑すると、ソファに腰掛けた。アクルの部屋には、小さな机とひとつのソファ、それにベッドしかない。双子は迷いなく、アクルのベッドの上に座った。戸惑いを見せるニールに、アクルが言った。


「そこに座っていいよ。俺の部屋は来客には不向きだから……むしろごめんな、ベッドに座らせちゃって」

「いえ」


 ニールは慌てて首を振ると、静かにベッドに座った。


「探検してるの?」

 アクルの言葉に、双子は笑顔でうなずく。

「とりあえず、今日明日明後日で探検です!」

「広いから大変です!」

「今日は、よく使う部屋を案内した後、皆さんの部屋をまわっているんです!」

「そっかそっか、誰に会った?」

「ラインさんとギルさんの部屋にお邪魔しました。アニータさんはギルさんの部屋にいたので、一緒に紹介しました」


 一緒にいたって、おいおい。

 アクルはそう言いそうになったが、黙っておいた。カップルに弊害はつきものだろう。


「ニール! 紹介するね、アクルさん」


 双子はいきなり立ち上がると、走ってアクルへ駆けよった。アクルの両脇に、双子が立つ。ニールはアクルの真正面に座る形となり、なんだかアクルも緊張してしまった。


「ボスの右腕っていうかいつもボスにくっついてて」

「おい」

「それなりに強くて」

「こら」

「優しいお兄さんだよ」

「……おお」


 褒められたよ。

 途中の言葉など忘れてしまった、アクルは――

「結構単純なんだよ」

「こら」


 ふふっ、とニールが笑った。屈託のない笑顔に、アクルの心がまた、ずきりと痛んだ。


 苦しみながらも、なんとかその病気に打ち勝とうと必死になっている少年を利用しようとするリッツ。ボスと同様、アクルもその行動を許すことはできなかった。


 最も、まだ「仮説」でしかないため、アクルはこの予想が外れていることを願うばかりだったが。


「あのねニール、前髪が黒いのはね」

「おいこらやめろ恥ずかしい!」


 アクルは立ち上がり、思わずミクロの口をふさいだ。その次の瞬間、マクロが言った。


「ボスへの忠誠の証なんだって。ほら、ボスの髪の毛も、さきっちょだけ黒くて、あとは白いでしょう?」

「……マクロ……」

「恥ずかしいんですか?」


 きゃらきゃらと笑う双子。赤面するアクル。そんな光景を見て、ニールはまたも笑ってしまった。そしてますます赤面するアクルだった。


「恥ずかしいよ! やめろよもう!」

「みんな知ってますもん!」

「みんな知ってますもん!」

「この双子!」


 アクルは双子の頭を撫でた。きゃはは、と双子は嬉しそうに笑い、ベッドに戻った。


「まぁ……今の光景を見ても分かると思うが、ニール」

 アクルはひとつ咳払いをして、ニールに話しかけた。

「エストレージャは、年上だから偉いとか、先にいるから偉いとか、そういうのはない。間違っていると思ったら主張するべきだし、正しいと思ったら受け入れるべきだ、誰の意見でもな。楽しく過ごしてくれ」

「はい」


 ニールはまた、にこりと笑った。わけのわからない病気を抱えてもなお、こうやって笑える。強い子だ、とアクルは感心した。


「んじゃ、また探検してきます!」

「では、お邪魔しました!」


 双子はすっくと立ち上がった。ワンテンポ遅れて、ニールも立ち上がる。


「はいはい、寝起きですまなかったな」

「こちらこそ起こしてすみませんでした」

「今日は夕食、一緒に食べますか?」

「あぁ、そのつもりだよ」

「ではまた夕食の時に!」

「ではまた夕食の時に!」


 行こうニール! とふたりは同時に言い、ニールの手をとり、あっという間に部屋から出ていってしまった。出る直前に、ニールが顔だけアクルに向けて、ありがとうございましたと叫んだ。


 扉が勢いよくしまった。大きな音がした後、静けさが訪れた、いつだってあの双子は台風のようだった。その明るさに、ニールも救われたのかもしれない、とアクルは思った。


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