作戦(2)
「ファインがここまで飯を持ってきてくれるらしいから、ルークとアズム、ニールはここで食事な」
「私たちも一緒に食べたいです!」
「私たちも一緒に食べたいです!」
ニールの傍を離れようとしない双子を見て、ボスは心が温まる気がした。
「オッケー。じゃぁミクマクの分も、伝書鳩に頼んでおくよ」
伝書鳩というのは、各部屋に設置された機械の名前だった。その機械は壁に設置されている。紙を入れる場所と出る場所、二か所の細長い穴があり、その上にはボタンがいくつもついている。そのボタンには人の名前や部屋の名前が書かれており、まずは送りたい場所のボタンを押す。次に、細長い穴の上の方にメモを入れる。すると、指定した部屋にメモが届くようになっている。
機械の周りに白い鳩の装飾がされていることから、その機械は通称伝書鳩と呼ばれている。伝達事項に重宝するが、ボスは大切なことは本人に直接伝えるをモットーにしているため、皆もその方針に従っている。
伝書鳩が一番役に立つのは、食事をファインに頼む時だ。調理をしている最中は、電話をしても取れないことが多く、また直接行って頼んでも、集中しているファインは適当に返事を返す場合があるので、メモとして残しておく、と言う方法が一番いいのだ。
他にも待ち合わせ場所の確認、会議の結果、予定表、時にいたずらなど、屋敷内で重宝されている機械のひとつだった。
「ライン、アニータ、ギルは自由行動で。アズム、ルークは食事前に少し休んでもいい。ミクマクがここにいてくれるよな?」
「はい!」
「今日はずっとここにいるつもりです!」
「オッケーよろしく。何かあったらすぐに俺の部屋に連絡するように」
この場合の連絡とは、内線電話を使った連絡を指していた。緊急の連絡は電話で、もエストレージャ内のルールの一つだった。伝書鳩を使うと、時間のロスが発生してしまうためだった。
「んじゃぁ、お疲れ様」
お疲れさまでした、と皆部屋を出ていった。アクルは黙って、ボスの後ろについて行った。アクルはボスから指示がない限りは、ボスと行動を共にする。
アクルはヤツキが何を報告したのかが気になって仕様がなかった。
「取りあえず俺の部屋にでも行こう」
ボスはアクルの心中を察したように言うと、早足で暗い廊下を歩いて行った。
「ヤツキからの報告を手短に話す」
「お願いします」
「リッツは、ディーディーを雇っていたらしい」
間髪いれずに飛び出したその言葉に、アクルは思わずえっと声を漏らす。
「ディーディーって、人攫い屋の?」
「あぁ、人専門の泥棒ディーディー。そいつにリッツは昨日仕事を依頼したらしい」
「じゃぁニールを……」
アクルは、背筋がすっと冷たくなるのを感じた。ボスが困ったように眉をひそめる。
「そうだ、おそらくリッツは、ニールを俺たちから盗もうとしたんだろう。盗み返す、の方が適切か? まぁいい。しかしな、リッツはディーディーに逃げられたらしい」
「えっ」
「あいつは金で動く泥棒だが……やつが先払いしろって言うんで、金を払ったら、そのまま逃げられたってわけだ。昨日、そのことについて結構派手な言い合いをしてたらしいけど、アクルは聞かなかった?」
アクルは、夜中に聞いたけんかを思い出した。ガラスの割れる音に、ドアを強く締める音。響く叫び声……。
「聞きました。確か、男と女の声がしました」
「それそれ。ヤツキが言うには、男がディーディに騙されたらしくて、女が怒った。女の方が立場は上だったらしい。男は必死にいい訳をしていたらしいが、女の言動がどうも引っかかった」
「女はなんて?」
「あいつに金を先払いする奴がどこにいる。せめて少しずつ渡していくだろ? 長いこと、私たちと一緒にいてもらわなきゃならなかったかもしれないんだから。女はそう言ったらしい」
「長いこと……ですって?」
「あぁ、ここから推測できることがあるが、勘のいいお前なら気が付いたろう」
「えぇ」
アクルは、胸の鼓動が嫌にはやくなるのを感じていた。
もしこの考えが本当なら……リッツはなんてひどい集団なんだろうか。できれば嘘であってほしい。それは考えすぎだと言ってほしかった。
「リッツはわざと、ニールをエストレージャに捕まえさせた。または、偶然だとしても、エストレージャを利用しようとした」
「そうだ」
ボスの肯定に、心がずきりと痛む。やめてくれ。あんな小さい子供に、そんなむごいことを。
それでも、アクルは続ける。
「そして、ディーディーを使ってニールを盗み返そうとした」
「そうだ。盗み返すタイミングは?」
「長いこと一緒にいてもらわなければならなかったかもしれない、という発言から、相手がニールを盗み返すタイミングは不確定」
「なぜ」
ボスが問う。
「こちらの動きに左右されるから」
「こちらの動きとは」
「こちらの動きとは……」
それはありえないと否定してくれ。
アクルは胸の中でそう祈った。
「ニールの発作の、解明」
「…………」
ボスはしばらく無言だった。アクルはボスの返事を、黙って待った。それはないと言ってくれ。そう思いながらも、対面しているボスの表情から、そう言われる可能性は低いことを予期していた。
「……俺もそう考えたんだ」
あぁ、と思わずアクルはため息をついた。ため息が声になり、黒い壁に沈んだ気がした。その声はそれほどまでに、重いものだった。
「信じたくない気持は分かる。しかし合点がいく。ニールの発作が解明され、いつどこでどのようにしたらあのパワーが出せるかが分かれば、それこそ即戦力だ。不良集団にとって必要不可欠なのは、知能と金と力だからな。あっちには、プロの人攫い屋を雇えるぐらい金はあり、すでに有能な知能も存在していた、というわけだ」
「有能な知能はヤツキが聞いた声の中にいた……怒鳴っていた女でしょうね」
ボスはうむ、と神妙な顔つきで頷いた。
「おそらくな。その知能は、エストレージャならニールを助ける、そしてニールの病気を解明するだろうと睨んでいたのだろう。ま、その通りでしたってわけだ。どうやって病気が解明したかを知ろうとしていたのかはわからないが、また誰かを雇おうとしてたのかもしれないな」
「盗み返した後は、エストレージャが取り戻しに来ても、ニールを人質にすればいいんですよね……こいつを殺す、とかいえば、さすがのこっちも攻撃ができない」
「そういうこと。なかなか、ガキのくせに考えてやがる。しかし、あっさりとニールを渡し過ぎたのが間違いだったな。違和感を覚えさせちゃったのが、あっちの敗因、と」
「でもボス……あくまで推測です」
「もちろんそうだ。そこでアクル。君の本領を発揮していただきたい」
「……俺の本領」