夜の仕事は盗み聞き(2)
アクルの考えでは、ニールはリッツから何かを課せられ、エストレージャにうまく入り込んだのだと考えていたのだが……ボスの考えは違うようだった。
「偶然の出会いかどうかは、まぁわからない」
朝の出会いについて、ボスはそう振り返った。
「やっぱり偶然じゃないんですか」
「うーん。そういう可能性もあるってこと。ただ、ニールの発作の件は本当。ニールは悩んでいるのも本当。俺の考えでは、あいつの所属していた……まぁ今でも所属状態だと考えた方がいいだろうが、リッツという組織がニールを騙したかなんかして、この屋敷に入れたんだろう」
「……なるほど」
「根拠ね。ニールの身体能力が実はずば抜けて高くて、朝みたいな戦闘力がいつでも発揮できるのでは、と思うだろ。てかお前もそう考えたんじゃないのか?」
「えぇ、それは」
「だろ? でもさぁ、そんな戦闘員、リッツが手放すか?」
「あ……」
確かに、とアクルは思う。
いくら不意打ちとは言え、ボスに匹敵する強さの戦闘員。戦う能力だけなら、エストレージャの中でもトップレベルになれる強さだろう。もちろん、朝の強さがいつでも発揮できたら、の場合だが。
「確かにおかしいですね」
「だろ? リッツがどういう集団かギルに調べてもらったんだが、外面はただのけんかっ早い不良集団。ときどきさ、危ない薬とかを売買してるみたいだけど、とっても悪いことをしているって訳ではないらしい。平均年齢も十七、八ぐらいの、俺から見たらちょっとばかしお子様な集団だ。帰る家があるやつもいれば、あの路地裏で生活しているやつもいるみたいだが……ニールはその中の一人だったんだ」
「なるほど……もっと危ない組織かと思ってましたよ」
「まぁね。裏の顔があるかもしれないから、そこはギルに詳しい調査を要求しといた。しかしだ、まぁそんなぱっと見はただの不良集団にニールがいたわけで……あの力があったら、間違いなくトップ取れるだろ? 有能な戦力として重宝されるはずだ。しかしリッツは軽々と手放した」
「ギルとアニータが交渉に行ったんですよね? 交渉内容はどんなものだったんですか?」
「それがなぁ。ギルが丁寧に説明して、彼をエストレージャの団員にしてもいいですかって聞いたら、あっさりはいどうぞ、って対応されたみたいなんだ」
「へぇ」
「まぁギルとアニータには、エストレージャに雇われた人、って設定で行ってもらったんだが……それでも、やっぱりおかしいだろ?」
「おかしいですね」
やっぱりなぁ、とボスは天井を仰いだ。そしてそのまま長い溜息をつく。
「なんの要求もないんだ」
おかしいよな、とボスは独り言のように呟く。えぇ、とアクルはその言葉に返事をした。ボスは上を向いたまま、ぶつぶつと続ける。
「金の要求もなし。人をよこせとかいうのもなし。抵抗もなし。ためらいもなし。なしなしなし。こりゃおかしいだろ」
「おかしいですし、怪しいですよね」
「やっぱ俺合ってるよね……そうだよね……」
自分を言い聞かせるように、ぶつぶつと呟くボス。あってますよ、とアクルも頷く。ボスは視線をアクルに戻すと、にこりと笑った。
「そこでだアクル。もう察しはついていると思うが」
「えぇ」
アクルは微笑した。久々の「仕事」だろう。
「察してるんならよろしい。仕事。今日は鍵開けの仕事を頼む」
「鍵開け……? 情報集めだと思っていたのですが……」
てっきりボスからは、ギルとは別のルートでリッツの情報を抜き出してこい、という指令が来るものだとばかり思っていた。ボスはううん、と首を振った。
「順を追って説明する。まず、情報収集だが、基本は引き続きギルに任せる。でも、あいつにだって限界はある。家に入って情報を盗み聞き、なんて芸当は、まぁできるかもしれないが、危険だ。あいつの情報収集はあくまで、情報を集めてまとめ、結論を導き出すタイプ。盗んでくるのは専門外だ」
「はい」
「まぁそれは分かってたよな?」
「はい。だから盗み聞きは、俺がしてくるのかなぁと。俺は盗む専門ですから」
「ふむ。しかし、アクルはさ、あんまり盗み聞きとかしたことないでしょ?」
「えぇ……確かに経験はないです」
「だよね。確かに、アクルの物を盗む技術に対して右に出るものはいないと思っているが、盗み聞きはアクルの専門分野じゃないと思うんだ。なぜなら盗み聞きはずっとその場所に貼りついていなきゃならないから。ずっと一緒の場所にいてもばれないようなところ、アクルは探せる?」
確かに、とアクルは思った。
アクルは泥棒だ。元泥棒、と言った方が正しいか。鍵という鍵をあけ、金庫という金庫を開け、どんなガードもすり抜けて、侵入し、金品をかっさらう。
そんなアクルの能力に目をつけたボスは、まだエストレージャができて間もないころ、アクルをエストレージャに誘ったのだった。
最初はボスに反発していたアクルも、今ではすっかりボスの忠実な部下である。ボスもまた、アクルを人一倍信頼していた。その信頼の気持ちが、恋心へと変わってしまったのだが、当の本人は気が付かない。アクルのあの鈍感さだけが欠点だと、皆も呆れていた。
それはともかく。
アクルは、確かに目当ての場所に行き、金品を盗む技術には長けていたが、盗むのが情報となると話は別だった。ずっとどこかの場所にとどまり、情報を聞きださなければならない。
「盗聴器は使わないんですか?」
「使わない。どこの場所につければいいのか皆目見当もつかないし、それを探しに行くんだったら、その場で聞いた方が早いじゃん」
「まぁ確かに……」
「それに、人が直で聞いた方が分かることもあるしね。ってことで、彼女と一緒に仕事してもらいます」
彼女。あえてボスは名前を隠したが、アクルはその相手が誰だかをすぐに悟った。
エストレージャには、歩く盗聴器のような女性がいるのだ。
ごくり、とアクルは唾を飲む。
「彼女って……ヤツキ、ですよね」