7 夜の仕事は盗み聞き(1)
「怪しいと思わないかね」
「誰口調……」
「探偵風味」
パーティーは二時間ほどで終わった。自己紹介や他己紹介が、ニールのために行われた。思った以上に大歓迎ムードなその状況に、ニールは戸惑ってはいたものの、最後には笑顔を何度も見せた。
パーティーが終わると、皆でニールの部屋まで行った。一人部屋にしては広すぎるほどの、大きな部屋がニールに与えられた。ドアを開けると、だだっ広い空間が存在していた。その部屋の端に、ベッドがひとつ置いてあるだけだった。
「まぁとりあえず、置いとく物はベッドだけにしておいた。クローゼットや風呂なんかは、あの扉の向こうだ」
ボスはそう言って、ベッドから一番遠い場所に位置する扉を指した。
「明日の朝は、俺が立ちあう。あとはそうだな……ミクマク、ニールの相手を頼んでいいか?」
はい、と双子は頷く。
「んじゃよろしく。まぁニールも怪我をしてるし、そんなに無茶はさせたくないから、取り押さえて衝動が過ぎ去るのを待つかも。そこは明日ミクマクと俺で相談ってことで。見ときたいやつがいたら来ても構わないと思ってるんだが、いいかなニール」
ニールはボスの言葉に、頷いた。
「じゃぁ見にこれるやつは、なるべく来て。ニールを起こそうとも考えたんだが、疲れがたまっているだろうから好きなだけ寝かせる。長期戦になると思うが、ミクマク大丈夫?」
「はい」
「大丈夫です」
「オッケー。まぁそういうことで、見に来るやつらもそこは覚悟しておいてくれ。戦闘がはじまり次第鍵はかけるんで、よろしく。ミクマクの二人は朝五時にこの部屋に集合。ルークとアズムはつきっきりで看病してくれるそうだ。万が一朝五時より前に起床して発作が起きちゃった場合、俺にどちらかが電話すること。着信一回でいい、すぐに駆けつけるから。あと、何か聞きたいことは? ……特にないかな? それじゃぁお疲れ様。みんなゆっくり休んでくれ」
ボスの説明が終わった後、皆各自の部屋に戻った。アクルもいったん戻った後、時間を少しだけ置いて、ボスの部屋へ向かった。誰にもばれないように、こっそりと慎重に向かった。時計はもうすぐで十時を回ろうとしていた。
ボスの部屋に入ると、ボスはソファに座って何かを書いていた。アクルが入ってきたことに気が付くと、手を止め、その止めた手でアクルに手招きをした。
アクルは静かに扉を閉めると、ボスの正面に腰かけた。
「すみません、ノックも無しに」
「いえいえ、静かに入ってきたのはむしろ好判断。一応秘密で動いているんだからな……まぁ好きな飲み物でも飲みなさいよ」
机の上には、缶ジュースがいくつか並べて置いてあった。
「ありがとうございます」
アクルはその中の一つを適当に手にした。それを飲む気はなかったので、缶のふたは開けなかった。
「さてアクル君」
ボスは前かがみになり、両肘を膝の上に乗せ、手を正面で組んだ。アクルも自然と、前かがみになる。そして次に出たセリフが、冒頭のセリフであった。
「怪しいと思わないかね」
「誰口調……」
思わず突っ込みをしてしまったアクルである。
「探偵風味」
とボスが答えた。一見なんともない返答だが、この言葉に、あ、これはきたな、とアクルは察していた。
部屋に帰って、アクルなりに何故自分が呼ばれたのかを考えた。考えた末、いろいろな可能性が浮かび上がったが、ボスのこの一言で答えは一つに絞られた。
探偵、ね。
「まぁ、怪しいです、怪しいですとも」
アクルは声を低くして言った。だろう? とボスはアクルを指でさす。
「まぁみんな気がついているだろうしね。怪しいと思っていないのはニールだけかもしれない」
「そうですね。まぁあの子は子供ですからね……」
「子供と言うか、こういうことに関しては経験足らず。幼くても知ってる子はいるから……まぁいいか。とにかく、ニールといろいろ話してみて探ったんだけど、エストレージャにわざと入ったわけじゃぁなさそうだ」
「……じゃぁあの出会いは偶然だったと」
アクルはいろいろ考えた結果、様々な結論に至った……その中でもより濃厚な説が、ニールがわざとエストレージャに入った、という説だった。
発作なんて真っ赤なウソ。タイミングを合わせて、わざとエストレージャに侵入した。
過去にそういう人は数人いた。あるものはエストレージャの中に恨んでいる輩がいたり、またあるものは屋敷の中に入り盗みを働こうとしたりした。成功した例はなかったが。全てばれてしまった。
そもそもエストレージャはどういう集団か。ボスはニールにしっかりと説明しなかった。
その理由は簡単。エストレージャのメンバーとして、まだ正式には認められていなかったからだ。少しでもスパイの可能性があるのなら、エストレージャの秘密を教えるわけにはいかない。エストレージャの秘密を知って初めて、真のエストレージャのメンバーとして迎えられることになっていた。
エストレージャの最大の秘密を知る者は、もちろんエストレージャのメンバーしかいない。そもそも、エストレージャはどのような集団か、ということですら、世間にはほとんど知られていない。
エストレージャのメンバーは、簡単にエストレージャの情報を漏らしたりはしない。秘密主義なのだ。
その結果、エストレージャとはどういう集団なのか、という噂は星の数ほどあり、それが勝手に一人歩きをしている。
あるものは、エストレージャは屈強な戦闘員ばかりを集めた集団で、いつか町を争うと思っているのだ、と信じている。
またあるものは、エストレージャは善良すぎる人々が集まっており、趣味で人助けをしているのだと思っている。
町で悪事を働いているものを見れば、エストレージャのメンバーは皆止めにかかるだろう。時には力を使うだろう。
屋敷に助けを求めてくるものがあれば、まず受け入れて話を聞く。しかし、そういう人はほとんどいない。どういう集団化が不明確なために、エストレージャの屋敷に行くと命が危うくなるのではないか、と考えるためだ。
噂は噂を呼び、エストレージャという謎の集団は、謎に包まれていく。
何のために集められたどういう集団なのか。真実もあるが、それもまた、噂として流れて行く。
どういう集団なのか、知ってもらわなくていいのだと、ボスは笑う。
みんな不思議に思ってくれてていいよ。謎の集団なんてちょっとかっこいいじゃないか、と。
エストレージャは、本当はただの独り身集団で、どこも受け入れてくれなくて、独りがが寂しいから、孤独が寂しから、集っているだけなのだ。
家族のように。
朝目覚めて出会えばお早うと言い、寝る前にお休みと言う。食事を共に食べ、悩みを聞き、時に言い争い、それでも幸せを願う。独りだから描けた、夢のような、ばかみたいな、家族像。笑っちゃうぐらいありえない集団像。
それに少しでも近付きたくて、皆黒い屋敷に集うのだ。自分の所属をエストレージャだと名乗り、街に出て、人を助け、人を叱る。人に甘え、人に頼る。自分の得意なことを生かして働く。
そして仕事が終われば、屋敷に帰る。黒い自分の家に、帰宅する。エストレージャという、限りなく理想に近い家族のような集団の目的はひとつ。
「皆」が独りじゃなく、心から「笑える」家にすること。
そして、一致団結して、「ある願い」を叶えること。
それがなかなか難しい。この目的が外に漏れてしまうと、エストレージャは崩壊してしまうのだ。本当に心からエストレージャに入りたいと願う人だけが集まるように。心からエストレージャを必要としている人だけが集えるように。
だからエストレージャは、秘密主義なのだ。
本当に本当に認められたものにしか、この家の真の目的を教えはしない。
本当に本当に認められたものには、エストレージャ最大の秘密が明かされる。それと同時に、ボスではない人からの、歓迎の言葉が待っている。
ニールはまだ、それを受けていない。ニールはまだ完全に受け入れられていないのだ。
後ろにいた、いや、まだ後ろにいるかもしれない、リッツという組織。
それが不思議でならないのだ。