新メンバー(3)
ラインの予想通り、ボスはすぐに大食堂に入ってきた。ボスの後ろに、医者のルークとアズムがいた。ボスとその二人に挟まれるような形で、真ん中にニールの姿も見えた。
会話がすっと止み、皆ニールを見つめた。その視線に気が付いたのか、ニールが少しおびえた表情を見せる。
「よう、みんなお疲れさん」
ボスはにこりと笑うと、右手をすっと挙げた。それを合図に、皆が一斉に立ち上がった。せーのでそろえたようなタイミングだったため、ニールはますます体をこわばらせる。
「かしこまるなって、みんな座って。ニールが怯えてるだろう」
ニールの肩を軽く叩きながら、ボスは言った。緊張した空気が、少しだけ緩む。食堂にいるメンバーを見渡し、ふぅんとボスが頷いた。
「出張中、仕事中のメンバーが結構いるから、今いるのはこんなもんか……ファインは?」
「呼んできます」
アクルは立ち上がり、調理室へ駆けこんだ。デザートの盛りつけをしていたファインは、ボス到着の知らせを受けると、慌てて食堂へ駆けてきた。
「申し訳ありません、ボス」
「気にすんなファイン、どうせデザートの盛りつけにでも夢中になってたんだろ?」
ボスはファインの心中を読んだかのような発言をした。思わずファインの口から、かなわないなと声が漏れる。
「座って」
「はい、失礼します」
ファインが双子の片割れ、右目に眼帯のミクロの隣に座ったのを合図に、ボスは一度咳ばらいをした。
「まずは皆、今日も一日お疲れ様。まだこれから仕事のあるもの、ゆっくり休養を取りたいものなどいるだろうが、集まってくれたことに感謝する」
ボスの言葉に、皆が軽く頭を下げる。
「さて、今日招集をかけたのは他でもない、エストレージャに新しい一員が加わった」
ボスは声高らかにそう言うと、ニールの両肩に手を置いた。ニールの表情は相変わらず固く、上目づかいで皆の表情を伺っている。
「この少年だ。名前はニール。もとはリッツと言う集団に属していた。すぐ近くで活動していた、平均年齢低めの、まぁ若者のやんちゃ集団なんだが……。今日アクルと朝出かけたんだが、その時にちょうどニールに出くわした。んで、まぁ話を聞いていたらエストレージャに入る資格を十分持っていた。そこで、ニールに俺が交渉して、エストレージャに入ることになった。そのあと、ギルとアニータに、リッツと交渉してくるよう頼んだ。相手は快諾したんだよな? ギル」
ギルは立ち上がると、はいと返事をした。
「リッツのメンバーと話をしましたが、ニールがいやすい場所なら、それが彼にとっても一番だろうと、非常に友好的な態度でした」
「ん、ありがとう」
ギルは静かに着席した。
「ということで、はれて今日からニールはエストレージャの一員になった。以後よろしく頼む」
皆の顔に笑顔が漏れ、歓迎の拍手が起こった。その様子に驚いたのか、ニールの目が大きく見開かれる。
「さて。では食事の前に大切な話をしておく」
その言葉に、少しだけ空気が静かになる。
「ニールは、朝目覚めて数分間、もの凄い破壊衝動に襲われるそうだ。ルークとアズムに手伝ってもらって、その理由を午後いっぱいかけて解明しようとしてみたんだが、無理だった。まぁ、そんなに簡単に分かるものではないだろう、って予想はついていたけどな。
破壊衝動に駆られる理由は明確じゃなくて、ルークとアズムでそれを調べようって話になった。情報収集が得意なギルにも手伝ってもらうことになってる。
他の全員には、毎朝ニールの相手をしてほしい。破壊衝動は数分で終わるみたいだし、相手や人数によって衝動の時間が違うかもわかんねぇからな。よろしく頼んでもいいかな?」
「はい」
全員が満場一致で返事をした。少しだけ、ニールの表情が和らいだ。
「ありがとう」
と、ボスもにこりと微笑んだ。
「詳細はまた個人個人に伝える。破壊衝動の理由が分かったら伝える。いろいろ皆には世話になると思うが、よろしく頼んだ。んじゃ、まぁ取りあえず、歓迎パーティー、始めようか」
皆、温かい拍手でニールを迎え入れた。ニールはボスに背中を押されながら、食卓の一番端、いわゆるお誕生日席に座らされた。その右前に、ボスも着席した。開いている席に、ルークとアズムも着席する。席はまばらだったが、取りあえず皆ニールの方へ体を向け、ボスの指示を待っていた。
「それでは、食事をしよう。まずは料理を作ってくれたファインに感謝を」
ファインに向かって、皆が頭を下げる。それに倣うようにして、ニールも慌てて頭を下げた。ファインは照れたように微笑むと、お辞儀を返した。
「そして全てのものに感謝を……」
皆両手を合わせ、目をつむった。
「いただきます」
「いただきます」
声を合わせて挨拶をした後、皆一斉に立ち上がった。戸惑うニールに、ボスが笑いかける。
「今日は立食なんだ。これだけ料理の数があって、皿を回すのは大変だろう? 一通り食べ終わったら、自己紹介でもしよう。好きな物を取ればいいよ」
「は、はい」
ニールに向かって、小走りでファインが近寄った。
「ニールさん、改めまして、料理人のファインです」
「に、ニールです」
「お好きな飲み物を言ってください、ご用意します」
「えっと……」
「なんでもあるぜ」
と、ボスが笑う。
「リンゴ……ジュース」
「リンゴジュースですね。分かりました。少し待っていてくださいね」
ファインはにこりと微笑みを返した。その笑顔につられるように、ニールもにこりと笑顔を漏らした。ファインはもう一度笑うと、調理室へ向かって行った。
「ささ、好きな料理を取りな。自由に取っていいんだよ。ってか俺が付いてるのもなんだよなぁ」
ボスは一人で言って一人で苦笑すると、ニールが弁解する間も与えず、大声で双子を呼んだ。
「ミクマクー! こっちおいで―!」
ラインの傍をぴたっと離れずに着いて回っていた双子は、ボスの声に顔を上げ、同タイミングでラインのもとを離れた。
「ボス、およびでしょうか!」
「ボス、およびでしょうか!」
同時に双子は詠唱する。ニールはきょとんとした様子で双子を見つめていた。
「およびだおよびだ。俺より双子の方が年近いだろ? ニールにいろいろ教えてやってくれないか」
「お安いご用です!」
「了解しました!」
「よし、頼んだ。ニール、この二人はミクロとマクロだ。左目に眼帯をしているのがマクロ、右目に眼帯をしているのがミクロだ。年が近いし、いい奴らだから、仲良くしてもらいな」
「は、はい」
ニールの返事は上ずっていた。
「んじゃぁ行きましょう!」
「食事しましょう! おなかすいた!」
双子はきゃらきゃらと笑うと、ニールの両手をひっぱり、食事の並ぶテーブルへ駆けて言った。アクルはそんな様子を見ながら、ボスに話しかけた。
「背丈も一緒で、三人兄弟見たいですね」
「そうだな、ニールの方が多分ふたつぐらい年下かなぁ。背はすぐに追い抜くだろうよ、楽しみだなぁ」
「本当ですね」
「ところでアクル」
ボスは顔に笑顔を絶やさぬまま、声を押し殺していった。
「あとで俺の部屋に来い。話がある」
「分かりました」
アクルもにこにこしながら、誰にも悟られるように返事をした。傍から見れば、三人の子供の姿を見て微笑んでいるようにしか見えないだろう。
何かあるとアクルは察した。ボスの声が、空気が、違ったからだ。