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エストレージャの願いを  作者: 村咲アリミエ
14/59

6 新メンバー(1)

「だから、帰ります」


 そう言ってニールは、長い話を切り上げた。もう泣いてはいなかった。赤い目をこすり、ひとつため息をつく。


「そうか……」

 と、ボスは呟いた。他は誰も口を開かなかった。アクルは黙って、病気について考えていた。きっと医者二人もそうだろう。


 破壊衝動……どうしようもなく何かを壊してしまいたくなる。それに加えて、何もかもが武器に見えてしまう。


 先天性の病気と、後天性の病気。

 アクルは素直に同情した。大変だっただろうに。苦しかっただろうに。


 きっとこの少年は、まだ十五もいっていないだろう。その少年にかける言葉を、アクルは見つけることができなかった。だから沈黙した。治療室に、少しだけその沈黙が広がる。空気が乾き、時間が止まったようだった。


 しかし、ボスによって、すぐにその時間は動き出す。

「よぉし、ニール! ここに残ったらどうだ!」

「えっ」

 声を上げたのはニールだったものの、皆ボスの言葉に驚きを隠せない。


 どういうことでしょう? アクルは、そこの空気が疑問符で埋まったような気がした。

 そんな空気など気にもせず、ボスは続ける。


「お前、辛かったな」

 と、素直な言葉で、ニールを憐れむ。ニールの表情が、少しだけ歪んだ。それは、ボスの言葉を肯定していた。


「苦しかったし、大変だったな。俺の感想だが、お前がその年でそんな病気にかかって、ここまで生きてこられたのは凄いことだ。死にたい、消えたいって思ったかもしれないけど、それを実行せずに、生きてきたのは凄いことだ」

「……死ぬのは、怖かったからできなかったんですよ」


 下唇をかみ、ニールは言った。そうかい? とボスは笑う。

「生きるのはもっと怖いと思うけどな。生きている限り何かは起こるだろ。お前は人を殺していたかもしれないし、殺されるような怖い思いをしたかもしれないんだ。でもラッキーだったな」

「ラッキー?」

「そうさ、お前は俺たちに出会えた。今まで頑張って生きてきたご褒美だと思いな。俺の名と人生にかけて、もうお前をひとりぼっちになんかさせない。リッツの連中みたいに、ひとりぼっちにして暴れさせたりしない。発作が起こるときは、必ず誰かが傍にいてやる。解決方法を探してやる。部屋もあげるし、食事もやる。何もかも武器に見えてしまうその病気は、絶対にニールの強みになる」

「強み……」


 自分に言い聞かせるかのように、ニールは復唱する。


「そうさ」

 それをボスは肯定する。

「どうする?」

 どうしよう。ニールの目に、はっきりと迷いが見えた。澄んでいる瞳が、右往左往する。

「お前がどうしたいか、だぞ」

 お前が、を強調してボスは言った。その言葉に、ニールの目が止まる。


「僕がどうしたいか?」

「…………」

 ニールは自問した。皆黙って、その答えを待つ。


「リッツでの生活は、一人ぼっちで寂しい。一人ぼっちから抜け出せるのなら、僕はここに残りたい」


 自分の質問に、ニールは即答した。

「でも……」

 ニールの答えには続きがあった。皆何か言おうとしていたが、寸でのところでそれを止める。


「リッツの人たちになんて言えばいいのかとか、よく分からなくて心配です。それと、やっぱり迷惑をかけてしまうのは怖いです」


「前者……リッツを抜けられるかどうかは心配するな。多分大丈夫だ。今エストレージャの一員が、リッツに向かってるんだよ」


 えぇっ、とニールは驚きの声を上げた。まぁまぁ落ち着け、とボスはニールの両肩を叩く。


「ケンカ売りに行ってるんじゃないよ、様子見、様子見。そいつらに連絡して、交渉するように頼んでみることができる、どうする?」

「……できるんですか」

「たぶんね。挨拶したいっていうんなら別だけど」

「……正直あの集団にいるのは怖いんです」

「じゃぁ逃げちゃえ逃げちゃえ」

「……交渉、お願いしてもいいですか」

「いいこと教えてやろうか」


 ニールの慎重な態度に苦笑しながら、ボスは言った。

「子供はワガママ言っていいんだよ」


 思わずニールは笑ってしまった。その笑顔を見て、ボスも微笑む。医者の二人も微笑んでいたが、本心は笑ってなどいなかった。

 アクルは、作り笑顔で笑うことすらできなかった。

 その言葉はニールだけに向けて言っている言葉ではない気がしたからだ。


 その言葉はまるで、サキ様に向けた言葉じゃないか。


「じゃぁ、お願いしたいです」

 はにかみながら言ったニールの言葉に、アクルははっと顔を上げた。

 だめだ、だめだ。今は、ニールのことを考えなければ。アクルは頭を軽く振り、ニールを見つめる。

 しかしなぁ、と思う。


 この子は一体どういう生活をしてきたんだろう。過去の話を少し聞いただけでも、大変だったはずだ。大変なんて言葉が、軽々しい感じがしてしまうほどに、大変だったに違いない。

 でも笑っているから、よかったなとも思う。


「笑顔」が一番だ。


 ……あぁ。またそこに持っていくか。俺は、馬鹿か。


 アクルは心中で、ため息をついた。

 ボスと一緒で、結局アクルは一番大切なものに思考を繋げてしまう。その事実を、癖ともいえる思考を、アクルは認めていた。


 そうだよ。なんだって「ボスの幸せを願うこと」に繋がってしまうんだ。あの問題が、解決しない限りは、この癖はぬけることがないだろう。


 やめだやめだ。

 アクルは意識的に、目の前の問題に集中した。


「んじゃ後で頼んでおくよ」

 ボスの顔には、笑顔が浮かんでいた。それは偽物の笑顔ではなかった。

 ボスは表情豊かな人だ。アクルはそこを、ボスの魅力の一つだと思っている。


「それと、迷惑かけるのも子供の仕事だから心配すんな! わかったか!」

「えっ」

「わかったねっ!」

「は、はいっ」


 最後は気合で勝った。無理やりにも見えるボスのやり方に、アクルは少し笑ってしまった。


「んじゃただいまを持ってニールはエストレージャの一員になりました! 以上、解散!」


 ボスは立ち上がると、腕を組んだ。偉そうだ。偉いんだけど。


「俺はギルとアニータに交渉するように頼む。もしかしたら現場に向かうかもわからん。そのときはアクル、呼ぶから」

「分かりました」

「それまでアクルは休養してろ」

「仕事はないんですか?」


 アクルの言葉に、ボスは口の端を下げて、信じられないと言った表情を作る。


「休めるんだから休んどけよお前……仕事の虫」

「いや……なんか悪いなぁと……」

「んじゃぁアクルは体力回復のため休養してろ」

「はい」


 アクルはにやりと笑い、ボスの命令を承諾した。


「ニールも休養! 起きて暴れるのは朝だけなんだろう?」

「多分」

「んじゃぁまだ昼前だし、大丈夫だろう。心配すんな寝てろ寝てろ」

「でも万が一……」

 と不安がるニールに、ボスはぴしゃりと言った。


「大丈夫! 俺が保証する。安心して寝るのがお前の初仕事だ」

 ニールは黙って頷いた。

「アズムとルークはつきっきりで診てあげて」

「分かった」

 ルークが答えた。


「何かあったら俺に電話くれ。内線じゃなくて携帯の方でよろしく。ニールのことは、今日の夕飯で詳しく話そうかな。みんな参加するように連絡しよう。ニールも起きてたら連れてきて。起きなかったら、二人はここに残って診ててね」

「はい」


 ルークがにこりと笑って頷く。


「んじゃ、お疲れさまでした。お休みニール」

「……ありがとうございました」

「どういたしましてっ!」


 ボスは嬉しそうに歯を出して笑うと、部屋を出た。それにアクルも続いた。黒く、長い廊下に出る。治療室が人でにぎわって暑かったものだから、廊下は普段よりさらに寒く感じた。思わずアクルはぶるっと震える。


「朝から大変だったな、アクル。お疲れ様」

「お疲れ様でした……まさか仲間が増えるとは思っていませんでしたよ」

「俺も」


 ボスはにこにこと、楽しそうに笑っていた。それほど仲間ができたのが嬉しいのだろう。それはアクルも同じだった。思わず頬の端が緩む。


「んじゃ、また夕飯で」

「夕飯の知らせは?」

「俺がしちゃう」

「大丈夫ですか? 結構忙しくないですか?」

「大丈夫!」


 任せろ! とボスはアクルの背中を思いっきり叩いた。


「いでぇ!」

「お前は寝ろ! 顔が疲れてんだよ!」

「まじすか」

「まじです、隈がヤバいです。寝ろ」

「了解です」

「じゃ、おつかれさーん」


 ボスは跳ねるように歩いて、アクルと反対側へ去って行った。きっといったん部屋に戻るのだろう。ボスはスキップしながら帰って行った。くすり、とアクルは笑った。


「仲間ができると嬉しいですよね」

 ボスの背中に、アクルはそっと呟いた。


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