5 ニールの過去
僕は、二つの病気を持っているんです。
病気と言っても、風邪とかそういう種類のものではなくて、癖と言うか……うまい言葉が見つからないので、病気と僕は表現しているんですけど。
幼いころ……今も子供ですけど、本当に記憶があるかないかってころから、僕はおかしかったんです。そのころはおかしいって思っていなかったんですけど、今考えたらそのころから異常だったんです。
見るものすべてが、どの道具でも、どうやったら人を傷つけられるかが分かるんです。机も、椅子も、髪の毛も、窓ガラスも、花も木も、全部。
ただ、幼いころは、ただあれはこうやって使ったら効果的だな、とぼんやり考えるぐらいだったんです。だれかにそれを話したこともなかったですし、実行してみたこともありませんでした。
三年前のある日……朝だったんですけど、家に強盗が入ってきたんです。スーツ姿だったので、多分その姿に騙されて、母はそいつらを家に招き入れてしまったんです。
最初、僕は寝ていました。母親の叫び声で目が覚めたんです。慌てて叫び声の方に向かったら、背の高い男が二人いて、母の髪の毛を掴んで……大丈夫です。怖い思い出ですけど、大丈夫です、話せます。
それで、髪の毛を掴んで、金を出せ! って怒鳴っていたんです。
父親は出かけていて、家には誰も助けてくれる人がいなかったんです。しばらく恐怖で立ちすくんでいました。そうしたら、髪をつかんでいなかった方の男が、僕を見つけたんです。睨まれました。
その瞬間だったんです。傍にあった花瓶を、僕はなるべく音が鳴らないようにそっと割って、破片の中で一番使いやすそうなものを手にしたんです。
怖くはなかったんです。まずは、何も知らずに近づいてきた男の手首を切りつけました。相手が手を伸ばしてきたので……きっと人質にしようと思ったんでしょうね。よくわからないですけど、取りあえず切りつけたら、男は大声を出して膝をつきました。
奥で、もう一人の男がどうしたんだ? と叫ぶ声が聞こえました。
僕は切りつけた男を避けて、もう一人の男の方へ走って行きました。
もう一人の男も、動揺して動きませんでしたよ。
足を切りつけて、態勢が崩れた瞬間に手首を切りつけました。それで、二人は喚きながら出て行きました。
母親は、僕に感謝していました。そのときは、なんですけど。
ありがとう、助けてくれてありがとうって。
そこで終わっていたらよかったんですけどね。
次の日、悪夢で目が覚めました。その男たちの夢です。鏡を見たら、僕の目は真っ赤になっていて、怖くて、少しだけなんですけど、暴れました。家具を壊して、ベッドを破って。
母親はびっくりしていましたけど、昨日の今日だから、と僕を慰めてくれました。
でも、次の日も、次の日も、僕は悪夢で飛び起きて、鏡を見たら目が死んでいたり、隈がひどかったり、赤かったりしたんです。そのたびに、発作と言うか、怖くて、周りのものをとにかく破壊していました。
母親は心配して、僕と一緒に寝てくれたんです。
その次の日、悪夢で飛び起きて、でも母親がいたので、少し安心したんです。
母親は、すぐに起きて、大丈夫かと声をかけてくれたんです。
そうしたら……スイッチが入ったように、何かを壊したくなりました。
リッツの人には、破壊衝動っていうんだ、と教えてもらいました。
危うく……母親を傷つけてしまうところでした。すぐに母親が逃げたからよかったんですけど。
母親は僕を怖がるようになりました。僕も怖かったし、母親を傷つけたくはなかった。
だから、家を出ました。家出です。
さっき、家族はいないって言ったんですけど、正確にはいます。でも、僕はもうあの家には戻りたくないので、いないも同然です。だからいないと言ったんです。
家を出た後は、路地で過ごしました。ホテルで生活するお金はありませんから。
一年ぐらいしてやっと悪夢は治まったんですけど……何かを壊したい、っていう気持ちは毎朝起こるんです。
意識ですか? ふわっとしてます。遠くでもう一人の自分が見ているというか。最近は記憶そのものがとぶこともしばしばあるんです。朝起きたら、周りの物が壊れていた、なんてことがよくあります。
鏡をのぞくと、起こるんです、発作が。それだけは分かっているんです。鏡を見ないと、母親を襲った時みたいに、いつ発作が起こるかわかりませんから……毎朝起きたら、鏡を見て発散しています。
一日一回ペースなんです。起きてすぐ、発作が起こるんです。
最初は十五秒もなかったんですけど……最近では長くなってきてて、三分ぐらいですかね。リッツの人が言っていたので、正確にはわからないんですけど……そりゃぁ、怖いです。
あ、そうだ、リッツに入ったのは、路地裏で、一人暴れていたときに、リッツのメンバーの人が通りかかったんです。というかその人は逃げていて、助けるつもりはさらさらなかったんですけど、多分人に反応して、リッツのメンバーを追いかけていた人を、木か何かで殴って気絶させてしまったんです。
リッツの偉い人が、それを聞きつけて、一人でいるのはなんだからと、僕に寝床をくれたんです。普段は雑用してます。リッツの人たちとは正直なじめていません。とりあえず、住まわせてもらってます。
リッツのメンバーは、僕の病気について知ってるので、暴れているときは誰も入ってきません。むしろ逃げてます。でも、今日の朝、僕が暴れているところに女性が入ってきて……今日の記憶は、ぼんやりですがあるんです。その人は見たことがなかったから、多分新入りだと思うんですけど。音がしたから、心配して見に来てくれたんじゃないですかね。その人に襲いかかっちゃったんです。その女性を、お二人に助けてもらったんです。
あのときに助けて、逃げてって言った理由? あ、それは……えっと、実は僕じゃなくて、彼女を助けてくれてありがとうって言おうとしたんです。逃げても、お二人に逃げてほしくて……でも、意識が朦朧としていて、はっきりと言えなかったんですね。
怪我の手当てまでしてもらって、感謝しています。おいしいフルーツも、ごちそうさまでした。でも、僕はリッツに帰ります。というより、ここにいたくない。また明日の朝、僕は暴れだします。迷惑はかけたくないですから……。