第3話 出会いは突然に
午前中の授業を終えて、茂人は一人学食へと向かった。
ここの学食のメニューはなかなかいける。そこいらのファミレスより断然美味しいし、とにかく安い。雰囲気も良く、高級レストラン並にくつろげる。片隅にはグランドピアノが置いてあり、たまにピアノが弾ける学生が演奏していたりする。この大学で一番自慢出来る場所は、学生食堂かもしれない。
そんな訳で、広い食堂はすぐに学生達で満杯になっていた。行き遅れるともう席はない。食べ終えても皆なかなか席を立たないから、出遅れた学生は近所のコンビニまで走って行かなきゃならなくなる。
そんなのごめんだ。コンビニに買いに行くくらいなら、自分で弁当を作って来る。
茂人はそう思いつつ、学食へと急ぎ足で進んだ。
「なっ、成川君!」
ふと、茂人の背後で不気味な声がした。背中にゾゾッと悪寒が走る。
ゲゲゲ……また彼奴だ。茂人は小走りで先を急ぐ。
「ナ、ナルシー待って!」
声の主も足を速めて追いかけてくる。
ナルシーだと?彼奴にだけは言われたくねぇや!美青年っていうのは、同性にもモテるもんだが、彼奴は許さん!
茂人は逃げ続けたが、学食の食券売り場で追いつかれてしまった。自販機の食券を買わなければ、食べることは出来ない。自販機の前は既にたくさんの学生達が並んでいた。
茂人は仕方なく立ち止まって列に並ぶ。
「やっと追いついた! 成川君、走るの速いなぁ」
はぁはぁと肩で息をしながら、彼はヘラヘラと笑う。
同じクラスの鈴村直樹。分厚い眼鏡をかけた小柄でずんぐりとした男。いつもリュックを背負い、大きな紙袋を携帯していた。いわゆる、アニメオタクの秋葉系男だ。直樹は何故か一回生の頃から、茂人に付きまとう。自称『茂人の親友』なのだった。
直樹に言わせると「成川君は僕と同じ匂いがする 」らしい。初めて会った時から、「ピンとキター!」と言っている。また、「僕と成川君とは、赤い糸で結ばれていたんだよ」とか、マジな顔で言い切る。
勘弁しろ。酔ってもないのに吐き気がする……。
しかし、嫌だと思いつつ茂人は直樹をむげに拒否することはなかった。
俺は根が優しいからな。ボランティアで友達のフリをしてやるか、と思ったりする。だが、深入りはごめんだ。
「な、成川君、帰りに付き合ってよ。今日、新作ソフトの発売日だったんだよ。本当は、休んで昨日の夜から並びたかったんだけどねぇ」
直樹は一人で喋り始める。茂人は直樹を無視しつつ、食券のメニューに目をやる。
何にしようかな?……今日はカツカレー定食にしようか?あのポテトサラダすっげぇ上手いんだよなぁ。今度こっそり作り方教えてもらおうか。
茂人は一緒に添えられている『ポテトサラダ』を食べたいがために『カツカレー定食』を選び、自販機のボタンを押した。
「あっ、成川君『カツカレー定食』かぁ。僕も同じにしよ!」
後で聞こえる直樹の声を無視して、茂人はカレーコーナーへと急ぐ。学食内は混み始め学生達でごった返していた。
人並みに紛れなんとか直樹をかわし、茂人は『カツカレー定食』をゲットした。直樹と一緒に座ると、ずっと直樹のアニメの話を聞かなければならなくなる。その手の話を始めると、直樹の話は長くなる。昼休みが終わっても午後の授業が終わっても話をやめないだろう。誰も注意をしなければ、学食で一晩を明かし翌朝まで喋っているかもしれない……。 せっかくの静かな午後の一時が台無しだ。
茂人はひとまずホッとして、氷をたっぷり入れたコップに水を汲み、トレーに乗せた。 そして、なるべく人のいない隅のテーブルを目で探し、トレーを持って移動する。
今日は中庭に面した隅のテーブルが空いてるな……茂人がそう思いながら、急いで歩いて行こうとした時、何者かが突然茂人の前に飛び出して来た。
ドサッ! ガチャン! カラカラカラッ!
一瞬、何が起こったのか分からなかった。何かが茂人にぶつかり、弾みで茂人も後に倒された。
「……?」
気付いた時、茂人の目の前に一人の女が転がっていた。プラスチックのコップがコロコロと床を転がっていく。トレーとスプーンは床に落ちカレー皿は逆さまになって、茂人の腹に乗っかかっていた。
「アーッ!」
服がカレーまみれだ。服どころか、腕や顔にもカレー汁が飛び散っていた。茂人が恐る恐るカレー皿をどけると、カツとご飯がグジャグジャになって腹の上に現れた。服を通してカレーライスの熱さが伝わり、全身からカレーの匂いがする。
「……ご、ごめんなさい……」
と、蚊の泣くような小さな声がした。カレー皿を掴んだまま茂人が目を向けると、転がっていた女がゆっくりと顔をこちらに向けた。