第2話 ミス・キャンパス
大学に到着した茂人は、そのまま一時限目の『経済学史』の講義を受けに、201号室に移動した。201号室は大きな教室で受講する学生の数も多い。百人近い数になるかもしれない。
前の方の席を確保しなきゃな。後の方の席に座ると、喋ったりふざけ合ったりする奴が多くて教授の話が聞こえない。中には講義の最初から最後まで携帯で話たり、メールしたりしてる奴もいる……全く、不真面目な奴らだ。
俺なんか、講義の前にはちゃんと携帯をマナーモードにしてる。それがエチケットってもんだ。少しは俺を見習って欲しいよな。
茂人は、滅多に鳴ることのない携帯電話をマナーモードに切り替える。茂人の携帯が鳴るとしたら、家族からの連絡の電話かメールのみだった。大抵母親からのメールで『帰りにスーパーへ寄って○○を買って来て』というのが多い。
「おはよう!」
茂人が教室に入ろうとした時、横から明るい声がした。
「あっ……お、おはよ」
茂人はうわずった声で、辛うじて挨拶する。同じクラスの篠原百合香だ。彼女は去年大学の『ミス・キャンパス』に選ばれた、とびきりの美女だ。容姿が良いばかりではなく、成績も性格もかなり良い。美人であることを鼻にかけることもなく、気さくで親切。異性ばかりか同性にも人気がある。その上に医者の娘というだけあって、生活も裕福そうだ。
天は二物を与えずって言うけど、彼女の場合三物も四物も与えられている。
俺の彼女になれば、まさに理想のカップル間違いなしだ!
百合香の笑みを受けながら、茂人はニヤリと笑う。
結構、シャイなのかな?俺に気があるなら、早く告白してくれりゃいいのに。あっ、もしかして、もうすぐ来るバレンタイン・デイを待っているのか?その日を待って、俺に打ち明けるつもりなのかもしれない……
そんな事を想像して、茂人の頬はほんのりと染まる。
「百合香、おはよ!」
向かい合っていた二人の後から、百合香の友達達がやって来た。彼女達は怪訝な顔をして茂人に目をやる。
チッ、邪魔が入ったか、せっかくの二人だけの世界を……。茂人は吐息を漏らすと、女性達の冷たい視線を浴びつつ教室へと入って行った。
「百合香、ナルシーに気やすく声かけない方がいいよ。あいつ勘違いしそうだから」
百合香の友達達は、茂人の後ろ姿を冷ややかに見つめる。
「勘違い? 私、ただ挨拶しただけよ」
「だから、それが勘違いの元だって。あいつ何かストーカーとかしそうなタイプじゃん」
「そうそう、あいつと同じ高校だった子が言ってた。いつも一人で鏡覗いてにやけてるんだって。なんか、自分のことイケメンだって信じてるんだとか……」
「ゲッ、キモイ……かなり、お目出度い奴よね」
「百合香、気をつけなさいよ」
「そうなの? 成川君、未だに友達いないみたいだから、なんとなく可愛そうかと思って」
百合香はキョトンとした顔で、一人席に着く茂人の方を見る。
「いいの、いいの、ほっときなさい」
女性達のヒソヒソ話など耳に届かない茂人は、今日も教室の最前列の席に陣取り、クールで孤独な美青年になりきっていた。