第20話 学生食堂にて
翌日。茂人は寝ぼけ眼のまま大学へ行った。立春を過ぎ季節は春へと移り変わろうとしている。吹き抜ける風はまだまだ冷たかったが、日差しは柔らかで春の到来を感じる。
穏やかな日の光は更に眠気を誘い、茂人の頭の中は一足早く春が来たかのようにポワンとしていた。
睡魔と戦いながら午前中の講義を受け、昼休みは爆睡するぞ! と思いつつ学生食堂に向かった。何を食べるか考えるのも面倒だったので、茂人は日替わり定食Aを選んだ。今日は鳥の唐揚げとスープだった。
「成川さん!」
茂人がトレーを持って席に移動していると、突然正面に美子が現れた。茂人はギクリとし、トレーを持つ手に力を入れた。
またぶつかるとこだったじゃないか!? 茂人はムッとして美子を睨むが、美子と目が合ったとたん、動悸が激しくなる。美子は細い目をもっと細くして微笑む。昨夜茂人の頭から離れなかったニコニコ笑顔が、ドアップで目の前に現れる。
「あ、……今日から学校来たんだな」
茂人は美子から視線を外し、平静を装って言った。
「はい、もうすぐ学校も春休みなので、母はもう行かなくていいんじゃないかと言っていたんですが、講義にはなるべく出ておきたいので」
「ふ〜ん」
茂人は美子から逃れるように、トレーを持って移動する。美子はその後をついてきた。
「成川さん、同じですね」
「え? 何が?」
ついてくんなよ! 心の中で茂人は叫ぶ。
「日替わり定食Aセット。私、唐揚げ大好きなんです」
「……」
美子のトレーに目をやると、茶碗につがれたご飯が山盛りにのっかっていた。
「ご飯、多いんじゃない?」
「私、ご飯大好きなんですよ。家ではいつも三杯はおかわりしてます」
美子はフフフと笑った。やっぱり美子の頭の中にはダイエットなどという言葉ないらしい。茂人は大きくため息をついて、四人がけのテーブルについた。美子は茂人の横に座る。美子が向かいの席に座らなかったことに、茂人はホッとした。
だが、後から同じテーブルに来たカップルは、迷惑そうな顔を二人に向ける。
「向かい合って座ってくんない?」
男がそう言い、茂人は渋々席を替わろうと腰を上げた。
「あ、すみません。私並んで座る方が好きなんです」
美子が男ににこにこ笑顔を向ける。顔は笑っているのに、どっしりと腰を下ろしててこでも動かないという姿勢だ。男は舌打ちすると、彼女を連れて他のテーブルの方に行った。
「悪かったでしょうか? でも、向かい側に成川さんがいると、落ち着いて食べられなくて」
「……」
どういう意味だろうか? やっぱ、俺に気があるんだよなぁ……。茂人は美子の横顔をチラリと見て、頬を染めた。
そんな茂人の気持ちを知ってか知らずか、美子はフフッと笑うと日替わり定食Aセットを食べ始めた。美子は図々しいのか謙虚なのか、茂人は分からなくなる。……しかし、よく食うなぁ。
パクパクと大きな口を開けて美味しそうにご飯を食べる美子に、茂人は感心した。
「あ、ナルシー、珍しく女の子と一緒に食べてるよ」
百合香と女友達たちは、遠目に茂人と美子を見てクスクスと笑った。
「……」
百合香はじっと二人の様子を見つめる。
「あの子、一回生の本城美子って子でしょ? 家が八百屋の」
「そうなの? 知らないなぁ」
「結構有名なのよ。ちょっと変わってるって言うか、マイナス美人なとことか」
「でも、ナルシーとならお似合いよねぇ。すごく良い雰囲気じゃない」
女友達二人は顔を見合わせて笑った。
「やめなさいよ。陰口なんて感じ悪いわ」
百合香は友達たちを一瞥すると、茂人達のテーブルとは反対方向に歩いて行く。
「百合香待ってよ」
友達の呼ぶ声を無視し、百合香は一人でスタスタと歩いて行った。
「どうしたんだろ? 百合香、珍しく機嫌悪いね」
「さぁ……。でも、風の噂では、百合香はナルシーに気があるって話だよ」
「えーっ! 信じらんない!」
女友達の一人は、茂人に目をやる。茂人はおどおどしながら定食を食べていた。時折、居心地悪そうに美子の顔にチラチラを視線を送っている。
「どこが良いんだろ?」
「さあねぇ」
友達二人は目を丸くして、しばし茂人と美子に見入っていた。