第19話 初恋?
「美味しいです! すごく美味しいです!」
茂人の手作りトリュフを、美子は一口頬張って感激の声を上げる。
「もう一個食べていいですか?」
美子は茂人の返事を待たずに、もう一粒口に入れてモグモグさせる。
「まだ柔らかいだろ。本当は後二、三時間室温で乾かした方がいいんだ」
「そうなんですか? でも、これで全然美味しいですよ。成川さん、スゴイです!」
「いやぁ、それ程でも」
茂人はそう言いながらも、トリュフチョコの出来具合に満足する。美子はニコニコしながら、三個目のチョコを口に入れる。……よく食うなぁ。美子は、下ぶくれのほっぺたを一層膨らませてチョコを食べている。
「あ、もうこんな時間か──」
壁の時計に目を移すと、六時五分前になっていた。いつもなら茂人は六時過ぎには帰っている。
「今日は何作ろうか……」
「何でも良いですよ」
美子は笑みを浮かべて、四個目のトリュフに手を伸ばす。
「おい、全部食べんなよ。きょうだいにも分けてやれ」
「あっ、そうですね。でも、私がまた作りますから」
こいつ、ちゃんと作れるのかな? 茂人は不安だ。
「じゃ、今日は簡単にカレーにする。それと、ポテトサラダ」
茂人は昼に学食で食べたカツカレー定食を思い出して、それを作ることにした。
「わぁ、良いですね。私も手伝いましょうか?」
「いい」
茂人は即答する。美子に手伝われると余計に時間がかかりそうだ。それに、美子が側に居ると落ち着かない。
「……あの、もう向こう行っていいから」
なかなか台所を出ていかない美子に茂人は言った。美子は黙ったままニコニコ笑って茂人を見ている。チョコ作りに専念して、美子を意識しないようにしていた茂人の気が一気に弛み、また心臓がドキドキし始める。
「……何?」
「成川さん、素敵です」
「えっ!?」
茂人の心臓が口から飛び出そうになる。美子はフフッと目を更に細めて笑う。
「真剣に料理に専念している姿。亡くなった父にそっくりです。父がお店で一生懸命働いている姿、私大好きだったんです」
「……」
茂人の体中から変な汗が噴き出そうになる。何だ!? これって愛の告白? 美子の膨れた頬が心なしか赤く染まっているような気がする。
「私、成川さんのこと──」
「あっ! そ、そう言えば、あのサラダ、学食でぶつかった時のポテトサラダ、食ったんだよな」
『成川さんのこと好きです!』と言われるのを恐れ、茂人はとっさに話題を変える。
「え?……あ、はい、いただきました! とても美味しかったです」
「そ、そう」
茂人はフーッと息を吐き、冷蔵庫の方に移動する。
「私、お店で食べ物扱っているせいか、食べ物粗末に出来ない人なんです」
「ふ〜ん……」
茂人は冷蔵庫の中を探る。冷たい冷気が火照った顔にあたり気持ちいい。
「では、成川さん、お料理お願いします!」
ようやく美子は台所から出ていった。美子が去った後も茂人の胸はしばらくドキドキと鳴り響いていた。
その日の夜も、茂人はやはりなかなか寝付けなかった。美子のニコニコ笑顔を目一杯見てしまったため、脳裏に焼き付いて離れない。
……バイトやめよう……もう、美子の母親も元気になったんだし、いいよな辞めたって。茂人はベットの中で考えた。そうすれば気が楽になる。美子のせいで眠れぬ夜もなくなるはずだ。しかし、バイトを辞めようと思うと、何故かしら後ろ髪引かれるような寂しい気もする茂人だった。
茂人があれこれ考えていると、突然暗闇の中でケータイが鳴った。まさか、美子では!?美子から電話がかかってくることはありえないが、茂人は一瞬ビクッとする。
ケータイを手にとって見ると、直樹からだった。
何だ彼奴は紛らわしい! こんな夜更けに!
「もしもし?」
そう思いながら電話に出ると、いきなり咳きこむ音が耳に響いた。
「ゴホッ、ゴホッ……あ、ナルシー、僕、やばいよ」
弱々しい直樹の声が聞こえ、また咳の音がする。
「何?」
「熱が九十三度もあってさぁ……インフルエンザだって……」
九十三度?? 沸騰直前かよ。
「三十九度だろ」
「え?……何? 頭回らない」
「で、何の用?」
「えー、ナルシー冷たいよぉ……親友がインフルエンザで苦しんでいるのにぃ」
「だったら、電話しないで寝とけばいいだろ」
「……僕はねぇ、心配なんだよ。しばらくインフルエンザで大学行けないから、ナルシーの恋の行方が気になって……ゴホッ」
「お前には関係ないだろ」
「あるよぉ……ナルシーの初恋なんだから」
「初恋?」
茂人はドキッとする。確かに今まで人を好きになったことがなかった。と言うことは、これは初恋ということになるんだろうか?
「二十歳の初恋ってすっごく遅いけどさぁ……頑張って欲しくて。バレンタインデイまでに僕は復活出来ないかもしれないから、心配で……あぁ、もう限界……」
直樹はまた咳き込み、電話はそのまま切れた。
……何だ彼奴は? 茂人はケータイを切る。バレンタインの日に直樹がいないのは、ラッキーな気もする。彼奴がいると余計面倒なことになりそうだ。
「……初恋」
美子の顔がまた浮かぶ。俺の初恋の相手が美子? あの昔美人の美子? 茂人の心はとても複雑だった。初恋の相手っていうのは、百合香のような手の届かない美人じゃないのか? ……美子かぁ。茂人はハァと息を吐く。俺のタイプって美子のような女だったのかなぁ?……なんかレベル低いよなぁ。茂人は直樹の電話のせいで余計に目がさえ、眠れなくなってしまった。