第1話 あぁ、勘違い
二十歳の茂人は、中流大学の経済学部二回生。電車で片道30分の道のりを、自宅から通っている。欠講することもなく、毎日真面目に通っていた。
サークルにも入っていない、バイトもしていない、彼女がいないばかりか友達さえいない茂人にとって、学校に行くこと以外何もすることがなかった。大学に入学した理由も、もっと勉強したいことがあるとか、将来のことを考えてとかいう目的があった訳ではない。 ただ、まだ就職する自信がなかったからというのが本当のところだ。とりあえず大学に入ろうということで、自分のレベルに合った大学に入った。先のことなど何にも考えていない。
しかし、茂人はいつも思っている。『俺ってなんて真面目なんだろう。大学一の優秀な学生だ。顔と性格がいいばかりではなく、頭までいいんだなぁ……』と。本当は、試験ではいつも追試を受けるギリギリの線なのだが。
今朝も茂人は朝の七時に起きて、ゆっくりと朝食を摂っていた。一時限目の講義は9時からなので、八時過ぎの電車に乗れば余裕で間に合う。苺ジャムをたっぷりぬったトーストにかぶりつき、口をモグモグさせていると、ドタバタと階段を駆け下りてくる足音がした。
「わぁ、やばい! 朝飯食ってる暇ねぇよ!」
高校二年生の弟、健人が台所の掛け時計を見て叫ぶ。
「もっと早く起きろ」
茂人は横目で健人を見て呟く。
「兄貴と違って俺は夜遅くまでバイトしてるからな。その上に勉強やデートで忙しいんだよ」
健人はそう言い、テーブルの上の紙パックの牛乳を掴むとそのままゴクゴクと飲んだ。
「おい、コップに入れて飲め!」
「じゃ、行って来ます!」
茂人の言うことは無視し、健人は手で口を拭うとそのまま慌てて家を出て行った。
「チッ、あいつはいつもラッパ飲みしやがる……行儀悪いよな。その上、態度もでかい。弟のくせに……」
なんで、あんな奴に彼女が何人もいるわけ?そのことも茂人には不思議なことの一つだった。健人は小学生の頃から女の子にモテて、女友達がたくさんいた。中学生の時にはもう彼女がいた。しかも、茂人が知っている限り三人の女の子と付き合っていたようだ。高校生になった今も、複数の女の子と付き合っている。
「信じられん……俺の方が断然カッコイイのに」
茂人はいつも持ち歩いているコンパクトを取りだし、自分の顔を映しだしてみる。
きっと、俺が長男だからだ。長男ってなんとなく女の子に嫌われるんだよなぁ……茂人はそう考え、軽くため息を吐く。今時、長男だからといって付き合うのをやめる女の子がいるのか?というツッコミを入れる人間はその場にはいなかった。
茂人は朝食を食べ終わると、食器を洗って乾燥機にかけ、牛乳やジャムは冷蔵庫にしまい、テーブルの上を拭いた。両親はとっくに仕事に出かけているので、いつも一番最後に家を出るのは茂人だった。それで、食事の後かたづけは茂人の仕事となる。時々、洗濯物を干し忘れた母親の代わりに洗濯物を干すこともある。ブツブツ文句を言いながら家事をこなす茂人だが、案外家事が嫌いではない。スーパーのチラシをチェックして、学校の帰りに買い物をすることもある。冷蔵庫にある在庫品は、母親より良く知っている。
洗濯物の取り入れも、一番早く帰って来る茂人の役目だし、時々アイロンがけや取れかけたボタンを縫いつけたりもしている。
あぁ、やっぱり長男って損だよなぁ……好きでやっているということに気付かない茂人は、物思いに耽りながら玄関のドアに鍵をかけ家を出る。あっ、でも、こうして憂いを帯びた顔で考え事をしている俺って、かなりカッコイイかも。茂人は一人でニンマリと笑う。
茂人は気持ちの切替も早かった。
こうしていつものように、茂人の一日は始まる。
プロローグとエピローグは一人称、他は三人称で書いていこうと思います。
茂人はこういう人間なのです。温かく見守ってやって下さい。(^^;)