第17話 近づくバレンタイン
直樹の奴、なかなか鋭いな。俺の心見通しって感じだったぞ。
茂人は学生食堂のテーブルについて、カツカレー定食を一人で食べていた。いつもくっついて来る直樹が午前中で帰ったから、今日はゆっくりと食事が出来る。
やっぱ、このポテトサラダはうまい! 茂人は、カツカレーと一緒についているポテトサラダを美味しそうに口に含む。
「……」
そう言えば、美子と初めて出会ったのは学食だった。美子がいきなりぶつかって来て、カツカレー定食を体中にぶちまけられた。美子はあのポテトサラダを食べたのだろうか? 口をモグモグさせサラダを味わいながら、茂人はふと考える。あいつ、変だったよなぁ、ポテトサラダなんかにムキになって……。
ひっくり返らず無事だったポテトサラダを、美子が茂人に食べるよう勧めたことを思い出し、茂人は口元を弛める。そのとたん、再び頭の中に大きく美子のにこにこ笑顔が浮かび、茂人は狼狽える。
「全く、何なんだあの女は……」
頬を紅潮させ、茂人は低く呟く。
「成川君、ここ空いてる?」
茂人が動揺していると、向かいの席に誰かが座った。
「あっ」
顔を上げると、正面に百合香の笑顔があった。
「どうぞ」
茂人も百合香に笑顔を返す。俺が求めているのはこの笑顔! 百合香のような品のある美しい笑顔だ。百合香にはさっき昨日のことを詫びていた。百合香は「バイトなら仕方ないね」と優しく許してくれたのだ。
「篠原さん、それだけ?」
百合香のトレーには野菜サラダと飲み物が乗っているだけだった。
「今、ダイエット中なの」
百合香がフフッと笑う。
「ダイエット? 篠原さん全然太ってないじゃん」
「油断したらすぐ太っちゃうの。だから、気をつけなくちゃ」
百合香はスマートだ。それに比べ美子は、全体的にぽっちゃりしていてコロコロしている。ダイエットに気をつけなきゃいけないのは美子の方だと茂人は思う。まぁ、あの女がスタイルのことを気にするとは思えないよなぁ。
「成川君、何か良いことあった?」
突然、百合香が茂人を見つめて言った。
「え?」
「何だか今日はいつもと違って楽しそうだもの」
「そうかなぁ?」
「さっきからずっとニコニコしてるでしょ」
そりゃ、百合香と向かい合って食事しているからなぁ。……あれ? 今日はなんか百合香と普通に喋っている。
茂人はふと気がついた。ついこの前までは、百合香と顔を合わすだけでドキドキしていたというのに。今は、ちゃんと百合香の目を見て話すことが出来た。
「ホント? 自分では気付かなかった」
「成川君ってあまり笑わない人だと思っていたから。でも、成川君は笑顔の方が良いと思うよ」
あれ? 俺、クールなイケメンなはずだったよな……。ま、いいか笑顔の好青年でも。この方が楽だし。茂人はそう思いながら、ハハハと笑って頭を掻いた。
「もうすぐバレンタインだね」
百合香がサラダを頬張りながら言った。
「え? あぁ、そうだね」
バレンタイン・デイか……。今年も弟の健人が貰ったチョコを食うのかなぁ。
「大抵の大学って一月の試験が終われば終了するのに、ここは二月いっぱい講義があるでしょ。だから、バレンタインのやりとりが学校で出来るって喜んでる子もいるのよ」
「ふ〜ん、学校なんか早く終わった方がいいのにな。篠原さんは毎年誰かにチョコあげてるの?」
「ううん」
百合香は首を振って視線を落とした。
「私は本命の人にしかあげない」
「今年は誰かにあげる?」
「……うん。手作りのチョコを渡そうかと思ってるの」
百合香はそう言うと、笑みを浮かべながら黙々とサラダを食べ続けた。茂人は一瞬ドキリとするが、その相手が自分だという気がしなかった。あれほど百合香手作りのチョコレートを貰いたいと願っていたはずなのに。貰ったら嬉しいだろうなぁ、と他人事のような気持ちになっていた。百合香が黙り込んでしまったので、茂人はチョコレートを作るのも得意だという話をし始めた。自分でも今日は良く喋るなぁと思う茂人だった。