第13話 二者択一
「あっ、でも初心者にはちょっと難しいかなぁ〜? 僕のお薦めとしてはねぇ……成川君
だったら、そうだな── 」
「……」
直樹の映画の話は延々と続いた。昼休みも終わろうとして、学生食堂内はだいぶ静かに
なってきた。こいつに映画の話を聞いたのが間違いだった。そう茂人が気付いたときは遅
かった。午後の講義が始まっても、直樹は話を続けていそうな勢いだ。
「あ、もうそろそろ昼休み終わるから」
直樹が一瞬言葉を切った隙に、茂人は口を挟んだ。
「その前にこれだけは知っておいた方が良いと思うんだけどさ───」
直樹は構わず話を続ける。チッと茂人が舌打ちした時、天からの救いのような声が学食
に響いた。
「成川君!」
「あっ……」
百合香だ。篠原百合香が、女友達たちと一緒に茂人達のテーブルにやって来た。
美女軍団を前に茂人は急に緊張する。
「わわわっ」
流石の直樹も話をやめて美女達に目を移した。
「学校終わったらみんなでカラオケ行くんだけど、成川君も行かない?」
百合香はとびきりの笑顔を茂人に向ける。
「え? カラオケ?……」
百合香達と一緒にカラオケ!? これ現実? いや、当然の成り行きだよなぁ……何て言
ったって俺と百合香は付き合い始めたんだから……。茂人は自分が音痴だということも忘
れてボーッとする。
百合香の女友達達が、露骨に嫌な顔をしても茂人の目には入らなかった。
「もちろん── 」
答えかけた茂人は、ふと美子の店のバイトのことを思い出す。今日から美子の家で家事
のバイトをする予定だった。学校終わってすぐに行かないと遅くなってしまう。
「あ、俺……」
や、今日は休めばいいんだよな。せっかく百合香が誘ってくれてるんだし、バイトは明
日からにしたって良いさ。
「何か都合悪い?……」
百合香の澄んだ瞳が一瞬曇る。
「えっ? ううん、悪くないよ」
こんな美人の誘いを断ってたまるか! 美子の家の家事なんかあいつに任せたらいいん
だよな。茂人は百合香に笑顔を向ける。
「良かった」
百合香はホッとした表情を浮かべた。
「鈴村君も一緒に来る?」
百合香は向かいに座る直樹に視線を向けた。百合香の不意な質問に、女友達たちは
「ええっ!!」と驚きの声を上げた。
「ぼっ、僕も行っていいんですか??」
直樹は分厚い眼鏡をずり落としながら驚く。
「ええ、人数は多い方が楽しいから」
わっ、やめた方が良いのに、こいつが歌うのはマニアックなアニメの歌ばかりだ。茂人
は一度マイクを握ったら放さず歌い続ける直樹の姿を知っている。だが、そんなことは知
らない百合香は、落ち着いた笑みを浮かべたままだった。
「じゃ、お昼の講義が終わったら校門の所で待ってるね」
百合香はそう言うと、女友達たちと静かにその場を去って行った。後の方で、「なんで
あの二人を誘うの?」とか「百合香はボランティア精神旺盛なんだよ」とかいう声がした
が、茂人達の元までは届いて来なかった。
「カ、カラオケ! 女の子と一緒にカラオケに行けるなんて〜!」
直樹はすっかり興奮している。
「ナルシーありがとう! ああ、良い友達持って良かったなぁ〜。僕にもか、彼女が出来
るかも!!」
「……」
女の子とカラオケか……。そう言えば俺も初めてだ。しかもミス・キャンパスの百合香
と一緒だなんて。茂人も直樹同様大喜びしても良いはずだった。だが、何となく心にひっ
かかるものがある。茂人は直樹に『ナルシー』と言われたことも気づかず、冷静な目で直
樹を見つめていた。