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第11話 美子のきょうだい

その日の講義は夕方近くまであったため、茂人が『にこにこ青果店』に辿り着いたのは、日暮れ間近だった。息を切らせながら店に駆け込むと、小学生らしい男の子が元気に飛び出してきた。

「いらっしゃいませ!」

「……」

 美子にそっくりなにこにこ笑顔。間違いなく美子の弟だと分かる。弟は二人いたみたいだけどどっちだ? 夕食時とあって店は買い物客で込み合っていた。早めに欲しい物をゲットして帰ろう。そう思いつつ、茂人は買い物かごを取って、店に入る。レジの所には美子の妹らしい少女が立ってレジを打っていた。その隣りには美子のもう一人の弟らしい男の子が並んで手伝っている。

 それにしても、きょうだい揃って糸目の団子鼻だなぁ……。きょうだい皆、顔が美子と同じだ。にこにこマークの笑顔のオンパレードだった。

「あっ、いらっしゃいませ!」

 茂人が買い物かごに野菜を入れていると、背後から明るい声がした。振り返ると、美子が小さな女の子の手を引いて立っていた。多分、幼稚園に通っているとかいう妹だろう……。茂人はそう思い、美子のミニチュアのような妹の顔を眺める。

「あ、そうだ……カードの名前間違ってるから、書き直してくれよ」

 茂人は財布から『にこにこ青果店』のカードを取り出す。成川茂人が鳴河繁斗となっているカードだ。

「えっ、そうでしたか !? 申し訳ありません! 気付きませんでした」

 美子はペコリと頭を下げる。つられて隣りのミニ美子も頭を下げた。気付け、と思いつつ、茂人はカードを美子に渡した。

「後で書き直します。少し待っていただけますか? 洗濯物をしまわなきゃいけないので……」

 洗濯物まだ干してんの?……もう日が暮れてるぜ。

「早く取り込まなきゃ、せっかく乾いたのが湿るよ」

 急いで店の奥に行こうとした美子に、茂人は声をかける。湿気た洗濯物なんて最悪だ。

「あっ、そうですね……」

「お姉ちゃん、お腹空いたよぉ」

 小さな妹が美子を見上げてぐずり出す。

「恵子、ちょっと待って、先に洗濯物しまうからね」

「ちょっと、ちょっと急がなきゃ。……俺が仕舞ってやるよ。洗濯物どこ?」

 ぐずぐずしている美子を見かねて、茂人は二人について行く。

「えっ? 本当ですか? 助かります!」

 美子は細い目をもっと細くして嬉しそうに笑う。

「どうぞ、こちらに、洗濯物は二階のベランダです」

 茂人は買い物かごを店の奥に置くと、急いで二階へと続く階段を駆け上がった。


 ゲッ、洗濯物シワシワのよれよれじゃんか!? ベランダの洗濯物を大急ぎで取り込みにかかった茂人は、シワシワのまま乾いてしまったシャツやTシャツを見てため息をつく。

「ちょっと、洗濯物干すときは、パンパンッて叩いて皺伸ばさなきゃダメだろ」

 後から二階へ上がって来た美子に茂人は言った。

「えっ!? そうなんですか?」

「そうなんですか? じゃねぇだろ」

 茂人は舌打ちし、洗濯物を抱えて部屋に戻る。美子には何故か強気になれる。

「洗濯物の干し方もわかんないの?」

「はぁ……いつもは母がやってくれるので……」

 美子はシュンとして俯く。……あ、ちょっときつかったかな。茂人は少し後悔する。

「……母さん、まだ風邪治んないの?」

「はい……実は熱が下がらなくて、おととい緊急入院したんです」

「入院? で、大丈夫なのか?」

「はい、明日には退院出来るそうです」

 美子は顔を上げるとパッと笑顔になる。

「そっか、ま、良かったな」

 茂人はてきぱきと洗濯物の皺を伸ばしながら、たたみ始める。わっ……パンツ……誰んのだ?……。ピンク色の女物ショーツに狼狽えながら、茂人は見ないようにして手早くたたむ。

「あ、あの……」

「なっ、何だよ!?……」

 いきなり茂人の横に座り込んできた美子に、茂人はギクリとする。好きでパンツ触ってんじゃないからな。

「お願いがあるんです。私、これから母の入院してる病院に行かなきゃいけないんで、もし良かったら私の代わりに夕飯を作ってもらえないでしょうか?」

「はっ? 夕飯?……」

 茂人は洗濯物をたたむ手を止めて、美子を見る。

「私、料理がすごく苦手でして……昨日からお弁当ばかりで済ましているんで、良かったら何か妹や弟に作ってもらえないかと。アルバイトということでいかがでしょうか?」

 美子はニッコリと笑う。

「アルバイト?……」

「はい、ぜひお願いします」

 茂人はフーと息を吐く。こんな新鮮な野菜に囲まれながら、弁当かよ。野菜達が泣いてるぜ。

「ま、病院行かなきゃならないんなら、しょうがないよなぁ……。いいよ、そのバイトやっても」

 茂人は一応嫌そうに言ってみるが、本当は料理が作りたくてうずうずしていた。

「本当ですか! 良かった。うちの野菜も無料で差し上げますね」

 おぉっ! またもや無料でお野菜ゲット! 茂人は心の中でガッツポーズをとっていた。



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