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第9話 憧れのツーショット

 茂人は夢見心地のまま百合香と残りの昼休みを過ごし、午後からの講義も百合香と一緒に受けた。すれ違う学生達が驚いた様子で二人を振り向くのも、遠くから聞こえるヒソヒソ話も茂人は気にならなかった。というより、舞い上がりすぎて気づきもしなかった。

「今日の講義はこれで終わりなの。成川君は?」

 講義終了後、隣りの席の百合香が聞いた。

「え? あ、俺も……」

 黒板の文字を写していた手を止めて、茂人は百合香の方を見る。今日の講義は一段と頭に入ってこなかった。書き写した文字が外国語のように見える。

「じゃ、一緒に帰らない?」

 百合香が笑顔を向ける。そのまま写真に撮りたいくらいの、完璧な笑顔だ。

「あっ、でも、篠原さん、サークルがあるんじゃ?……」

 確かテニスのサークルに入っていたような……や、そんなのどうでもいいじゃないか、一緒に帰ろうって言ってるんだから。……一緒に!? 俺と? 百合香とまた二人きりに!? 茂人はまた狼狽え始める。

「今日はサークル休みなの」

 百合香は落ち着いた表情で答える。

「そ、そう……」

「写し終えるまで待ってるわ」

「……」

 茂人は百合香が見守る中、必死で残りの文字を写し始めた。手が震え文字は乱れ、自分でも何を書いたのか分からなくなりつつ、何とか写し終えた。

「帰りましょうか?」

 百合香は微笑んで席を立つ。茂人は慌てて教科書とノートを片づけた。


 な、なにも慌てることないよな。こうなることは最初から分かってた訳だし。百合香もようやく俺の魅力に気付き始めただけだ。

 心臓をバクバクさせながら、百合香と並んで歩く茂人は、心の中で自分に言い聞かせた。 駅に着き、電車に乗る。その間、二人はずっと黙ったままだった。茂人はどう会話を進めていいか分からない。時々、チラリと百合香の方に目をやるが、百合香は顔に笑みを浮かべたまま歩いている。

 会話なんかなくていいんだ。俺達は黙っていても心が通じ合っているんだからな。そういう関係なんだ。

 茂人は一人で納得し安心する。

「成川君と話したの初めてね」

 不意に百合香が口を開いた。

「え? ……そうだったっけ?」

 初めて話したことは分かっていたが、茂人は一応聞いてみる。

「成川君ってちょっと近寄りにくい雰囲気あったけど、話してみたら全然そんなことなかった。話しやすいわ」

「そう?」

 茂人はようやく口元を弛める。……そうだよな。俺ってクールな二枚目だから。電車の窓に反射する自分の顔を見つめて、茂人は思う。その横には微笑む百合香の顔も映っている。おぉ! このツーショットいい眺めじゃないか! 人も羨む美男美女のカップルだ。 茂人は窓を見つめてニンマリと笑う。


「私は次の駅で降りるんだけど、成川君まっすぐ家に帰る?」

「え?……そうだね」

 今日も早く帰れば『にこにこ青果店』へ行く予定だった。

「良かったらレンタルビデオ店に付き合ってもらおうかと思ったんだけど……」

 百合香が少し残念そうな顔をする。『にこにこ青果店』なんかいつだって行けるじゃないか! 昨日買った野菜がまだたくさん残っているんだし。

「次降りる! 俺、付き合うよ」

 茂人は慌てて答えた。『付き合う』という言葉が茂人の頭の中を駆けめぐり、クラクラしてくる。付き合う……俺、百合香と付き合ってんだ!? 茂人は心の動揺を隠すようにクールに笑ってみせた。自分ではクールに笑ったつもりだった。

 百合香もつられてフフッと笑った。


「どの映画にしようかなぁ?」

 レンタルビデオ店で借りていたDVDを返した後、百合香は店内を見て回る。

「成川君、お勧めの映画とかある? 私映画大好きだから大抵の映画は観ちゃった」

「え?……そうだなぁ」

 茂人は滅多に映画を観なかった。だが、映画通の顔をしてみせる。……直樹が何度も観たって言ってたの何だっけ?……アニメじゃなくて。

「これなんかどう?」

 茂人はとっさに近くのDVDを取りだしてみる。

「あ、ロー○・オブ・ザ・リ○グ? 観たことあるわ。一作三時間くらいあるのよね」

 茂人が選んだ映画は誰もが知ってる有名過ぎる映画だったが、百合香は笑顔で

茂人からDVDを受け取った。

「もう一度じっくり観てみるわ」

 茂人はとりあえずホッとする。百合香と付き合うなら、もっと映画について詳しく調べなきゃいけないな……。


「あっ、カード忘れてきちゃった……」

 レジに並んだ百合香が、財布の中を見ながら呟いた。

「ここのカードなら、俺持ってるよ」

 茂人は財布を取り出す。両親や健人のために時々借りに来たことがある。

「えーと、確か……」

 スーパーのカードやらクリーニングのカードやらかき分けて、茂人はカードを探した。

「あっ、あった!」

 茂人がビデオ店のカードを取り出した時、何かがヒラヒラと財布から落ちてきた。百合香は身をかがめてそれを拾った。

「わ、このカード可愛い」

「えっ?」

 それは『にこにこ青果店』のカードだった。にこにこマークが三つ並んでいる。

「何のカード?」

「え? あ、それ親のカードだよ」

 茂人はとっさに答える。青果店のカードだとは答えにくかった。しかも、もろに美子の顔が浮かんでくる。百合香といる時は、美子のことを思い出したくなかった。主婦のような日常生活をおくっていることを百合香には知られたくない。百合香の前では、クールなイケメンで通したい茂人だった。だが、百合香に茂人がクールなイケメンと写っているかどうかは疑問だ。



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