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ねこの手、貸します。 夏  作者: 白月 仄
にゃん二章 とある夏の一日に
7/22

にのいち

──わたしがここ清美市に来て、早くも四ヶ月が過ぎた。

 高校生デビューも、自身が想像していたものとは明後日の方向になってしまったが、無事に果たした。

 そして、迎えた高一の夏。

 それは同時に年間を通して一定の気温湿度に保たれている『新東京タワー』内部都市から、いまの歳になるまで殆んどタワー都市の外に出たことのなかったわたしが初めて経験する本当の夏。

 現在は夏休みで、今日はバイトもお休みなので、久々の完全オフ。

 ただ、予定はもう決めてある。


 ──清美きよみ市の市街地の散策──


 思えば、この街に住みだしてからたくさんの『初めて』の経験や出来事やらで目まぐるしい日々が続き、ゆっくりとこの街自体を見て回る機会がなかった。

 だから、いつかゆっくりとこの街を見て回りたいと思っていたのだ。

 さて、それじゃ準備も出来たし、出発だ!

「ちょっと、カレンちゃん──」

「はい? なんですか、音恋ねこさん」

 外へと続く扉に手をかけたところで、音恋さんに呼び止められる。

 はて、なんだろうか? ちゃんと、今日の予定は伝えてあるし。もしかして、頼み事かな?

「みぃ君を置いていきなさい」

「イヤです」

 ……。

「置いていきなさい」

「イヤです」

 …………。

「今一度、言うわ。みぃ君を置いていきなさい」

「今一度言いますが、イヤです。それに、今日一緒に出掛けることは前以て、みぃと約束してましたから」

 ………………。

「……そうなの、みぃ君?」

「……」

 ──コクリ。

「…………な、なら、私も一緒に行く!」

「──アホか!」

 ──ずびしぃいいぃぃ~いん!

 それはまさに電光石火。音恋さんが堂々とサボり発言をした瞬間、何時の間にやらいた詩音しおんさんが彼女にツッコミを入れた!

「……い、いだい……」

 しかし、見た目には『ぽくッ』ぐらいの効果音が出そうなほどに軽いチョップだったのに、……どうやったら『あんな音』が?!

「……あー、スマン。なんか、クリティカルしちまった……」

 ──えー、クリティカルって……?

「ん? 少年はクリティカルが発生したところを見るのは初めてか?」

「はい、初めてです」

「そうか。この街じゃ、物理的にツッコミを入れたときにたまにあるんだ。さっきみたいに普通じゃ出ないような音が出るときが」

「……そうなんですか……」

「ああ。しかも、ツッコミを入れられた側はクリティカルが発生すると、通常感じる痛みよりも倍以上の痛みを感じるんだ」

 成る程。それで、音恋さんはあんなに痛がっていたんだ。

「……あー、もう、今日は踏んだり蹴ったりだわ……。みぃ君とは離ればなれだし、詩音くんにはクリティカルのツッコミを入れられるし……。しかも、なんで定休日なのに依頼が入ってるのよ……とほほ……」

「はァ~……。そりゃ、音恋、お前が今日が定休日なのを忘れて依頼を請けたからだろ。自業自得さ」

「うぅぅ~……、がっくし」

「それじゃ、わたしたち出掛けますね」

「おう、気を付けて行けよ!」

「はい! いってきます──」

「『──ちょっと、待ちやがれ!!』」

 はて、今度は何だろうか?

 二度目の待ったを掛けてきた声の方を向くと、そこにいたのはペンギンのギーペ。

 ギーペは特異進化個体というヒトに比類するかそれ以上の知能を有し知性をも備えたペンギン。しかも、機械を用いて人の言葉をも喋れるのだ。つい今し方の『声』がまさにソレ。

「ん、なんだい?」

 まあ、タイミング的になんとなくギーペの用件は想像がつく。

「『カレン、オレ様も連れていけ!』」

 ほら、想像通り。

「う~ん……、いいよ」

「『おっしゃ~! あ、……オホン。フンっ。当然の選択だな』」

 これといって断る理由もないし、散策も賑やかになるだろう。

「ほら、ギーペ」

「『おうよ!』」

 腰を落としてギーペを抱っこする。

「『おぉおお~、なんたるふかふかさ♪』」

 飛び乗るようにわたしの腕の中へと入ってきたギーペは特等席と言っていた定位置に収まると、至福な声を漏らす。

 さて、では改めて──

「いってきます」

「いってらっしゃい、カレンちゃん、みぃ君。車とか不審者には気を付けるのよ」

「はーい」

「……」

「『おい、オレ様の事は無視か?』」

「あら、ギーペいたの? 気付かなかったわ~」

 ──ピキっ。

 あー、なんかギーペの“いつもの”のスイッチが入った気がする。

「『ああッ?! 「気付かなかったわ~」だー? あのな、……──』」

 ……やっぱり。

 放っておくと、音恋さんとギーペは延々と言い合いを続けるだろう。

 しかし、

「『──あ、コラ、カレン、待て!? まだ、猫女に文句を────』」

「はいはい。ほら、暴れない、暴れない。じっとしてないと落ちちゃうよ?」

 時間を無為に浪費したくないので、ギーペが納得しようがしまいが形だけ宥めて、さっさと出発する。


 一歩外へ出ると、夏の太陽が燦々とわたしたちを照らしてくる。

 空はかつて人類が汚した痕跡もなく澄み渡った蒼で、まばらに浮かぶ小さなもくもく雲がアクセントになって夏の空感を醸し出していた。

「『……なぁ、カレン』」

「ん、なに?」

「『街を散策といっても、どこら辺をブラつくんだ?』」

「そうだね~……、一応プランとしては取り敢えず中央地区にある電波塔の展望デッキに上って街の景観を一通り観てから、おいおいと、かな」

「『ふ~ん、そうか』」

「……ギーペは何処か行きたい場所があるの? あるなら行き先の候補としては優先するかもしれないけど?」

「『いや別に、ねぇーな』」

「そうなんだ。みぃはある?」

「……」

 ──フルフル。

「そう」

「『ところで、カレンは徒歩で電波塔まで行くのか?』」

「ん、どうして──?」

「『バス停がある方向とは逆方向に進んでるからだ』」

「まぁ、そうだね。でも、電波塔までは徒歩じゃないよ」

「『なら、タクシーか?』」

「ううん。急いでいるわけじゃないし、普通に行くならタクシーで行くよりバスにするよ」

「『……じゃあ、他に同行者がいるのか?』」

「ハズレ。今日は友達は誘っていません」

「『では、何でなのだ?』」

「それはね──」

 荷物を持っていても取出ししやすい所に忍ばせていたソレ等を取り出し、起動させる。

「──これだよ」

「『コイツは何時も希が隠し持ってるアレと同じヤツか?』」

「そうだよ。それでね、ここからもう少し進んだ先に希さんから教えてもらった“分かれ道や曲がり角、さらにはカーブもない直線”で中央地区まで続いている『道』への入り口があるんだ」

「『……! まさかと思うが?』」

「あ、想像ついた? そう、前に希さんがコレを乗り物にしていたの見てて、わたしもやってみたくなったんだ♪」

 それを見ていて、マニアなお父さんでなくとも憧れを抱く者はたくさんいるだろう。空中を颯爽と飛び回る様に。

 わたしもその一人で、まだ高く浮くのは恐くて躊躇しているけど、地面から数センチ浮かせて乗るくらいならマスター出来たと自負している。

「『カレン、勿論、滑走した事はあるんだろうな?!』」

「ん、今日が初めてだけど?」

「『おい!?』」

「大丈夫だよ。失敗したらちゃんと移動手段はバスにするからさ。それに道も直線だし、なにより『道』は滅多に人も通らないから、事故ることはないよ。たぶん」

「『益々、不安なんだが……』」

 いつも胆不敵なギーペが心配とは、なにか悪いものでも食べたのかな……?

「『おい、みぃもカレンになんか言ってやれ』」

「…………」

「『はぁ? お前な、……──』」

 ……?

「──あっと……!」

「『──あ? カレン、急に止まってどうした?』」

「うん、希さんから教わった『道』への入り口を過ぎちゃったみたい」

「『そうなのか?』」

「……?」

 ──コテ。

「『……あー、みぃ、お前に聞いたんじゃなくてだな、……──』」

 ……ホント、『道』への入り口は注意してないと見落してしまう。あぶない、あぶない。

 来た道をUターンして、通り過ぎてしまった『道』への入り口に戻る。

 今度は見落さないよう注意しなくちゃ。

「……え~と、確かこの辺のハズなんだけど……」

 教えてもらった通りの入り口がある場所の目印は見付けたけのだが、肝心の『道』が見付からない。

「……」

 ──ちょいちょい。

「ん、みぃ、なーに?」

「……」

 ──ピっ。

「ああ! あった! みぃ、ありがとう!」

「……♪」

 ──ゴロゴロ……♪

 ソレは、みぃが指差した先にあった。


 ──『道』──


 無機質なコンクリート塀に挟まれた道路。

 そこから醸し出される雰囲気は、まるで別世界に迷い込んでしまったような奇妙な違和感。

「『『道』ってーのは何処も代わり映えしねぇな』」

「うん、そうだね」

 『道』を見失わないうちに、『道』へと踏み入る。

 さてと──

「:4→1スクエア、:スクゥトゥマ、:ライド」

 先程から起動したままで待機状態の『踊る(saltatio)妖精(nympha)』に三つのコマンドを入力。

 一つは複数の球をワンセットで操作するもの。今回のは四つの球をワンセットでの操作。

 一つはワンセット操作中ではタイムラグが生じるシールドの発生を瞬時に発生させるもの。

 そして、最後の一つはシールドの上にすぐに乗れるようにシールドを展開した球の傾きと浮遊する高さを自動調整するもの。

 これで準備は完了。

 さっそくフライングボードと化した『踊る妖精』に乗り状態を確認。

 ……………………。

 うん、状態は良好。

 あとは──

「みぃ、わたしの後ろに乗ってしっかり掴まっててね」

「……」

 ──ぷに。ぷに。

 普通の猫よりはるかに体が大きいみぃ。されど、肉球の柔らかさは健在。

「『おい、マジでやるのかカレン?』」

「もちのロンだよ!」



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