さんのご
中央地区中央公園のドーム内に入った日より数日経った、今日この頃。
今日も今日とて依頼に汗水を流す日々。
されど、今日の依頼の仕事内容は仕事の種類としては比較的よくある『荷物運び』なのだけど、……………………──なんというか、明確には言葉には言い表わせないけれど、今日の依頼は毛色が微妙に“普通のとは違う”のだ。
依頼の詳細は──今度、新しい建物を建てるので、現在ある古い建物の取り壊しをするのだが、建物内にはまだゴミ以外の物が残っているのでソレ等を運び出す手伝いをしてほしい──というもの。
一見して、何の変哲もない依頼内容だけれども、現場に入って違和感──明らかな不自然さを覚えた。
荷物の運び出しを任されたエリアへと向かう道すがら、途中のエリアはどんな具合かを覗き見したら────
──既に荷物の運び出しは済んでいた──
────のだ。
依頼主との依頼交渉は現在のところは店長と副店長だけが担当していて、依頼内容を含む先方の諸事情までを知っているのは音恋さんと詩音さんだけ。詰まりはアタシや希ちゃんたちには依頼内容以上の事は降りてこない。
なので、アタシは現場の先の状況に首を傾げた。
しかも、アタシが首を傾げた最大の要因は、途中で覗いた担当外のエリアの部屋が全部がらんどうで完全なもぬけの殻な上にそれなりの年数分の“埃が堆積していた”のだ。誰かが部屋内に立ち入った形跡はあれど、その足跡までもが埃に埋もれていた。それに加えて、今現在、アタシたちが歩いている廊下は普通に清掃されていて、違和感に拍車をかける。
「あの、店長──」
「な~に、きびちゃん」
「今日の依頼、『お得意さま』とはいえ、……その変……というか……奇妙……じゃありませんか?」
「そうね。『お得意さま』からの依頼の中には今日のような奇妙なモノが幾つか混じってるのよ。この前の『遺産』の調査やその前の『星見の塔』の清掃なんかがまさにソレ。ただ、ちゃんと依頼の内容を吟味して依頼を請けるか否かの判断はしているから、『お得意さま』といえど怪しすぎる依頼内容の依頼は流石にお断りしてるわ」
「そうだったんですか」
──でも、『お得意さま』は何で『街の何でも屋』にこんな奇妙な依頼をするのだろうか?──いや、『何でも屋』だからか。
それに……、アタシが腑に落ちないのは、この奇妙な依頼には『この街の裏らしきもの』が関わっていると思われるのに、外部の人間に依託している事。裏を返せば、それだけ『にゃんてSHOP』が信用信頼されている証拠なのだろうけど……。
「……そういえばこの間、きびちゃんには魔法云々の話をしたときに、ちょろっと『忘却領域』の話もしたよね」
「? あ、はい、ちょろっとだけ……」
──そう、ドーム内に入った日の後日に店長から魔法云々の話をしてもらったのだ。話を聞いた現在でも、魔法が実在する事にアタシは懐疑的だが……。
その時に魔法云々話のついでに『忘却領域』なるモノの話も『ちょろっと』だけ聞かされた。
曰く、『忘却領域』は“『誰かがナニかが忘れたモノが辿り着き眠る場所』”なのだと。
「今後は、こういった奇妙な依頼なんかも内容次第ではきびちゃん一人に任せようとも思ってるから、もう少し『忘却領域』について話しておくわね。なにせ、奇妙な依頼では十中八九は『忘却領域』絡みだったりするから、『忘却領域』の知識は頭の片隅にでも留意しておいて損はないわ」
「はー、そうなんですか……」
なんか……当たり前のように厨二病チックな言葉が店長から出てくるのはやっぱり違和感がありあり。
事無かれで現実主義な部分のアタシはこうも冷めてはいるけれど、されど、再び日の目の下に出てきた冒険心に溢れた好奇心旺盛な部分のアタシは興味津々。
「それじゃ、話すね。先ずはこの前話した時にも言ったけど、前置きとして『忘却領域』については私も知り合いから聞いただけの話だから、疑問やツッコミには答えられないわ。それはいい?」
「はい」
「オーケー。じゃ、この前に話したところからの続きね、────────────────」
内心、二律背反しているが、完全復活を果たして勢いづいている冒険心に溢れている部分の方が今現在は幾分か優勢で、アタシは店長の語る話に真剣に耳を傾ける。
店長が話してくれた『忘却領域』の話は魔法云々話よりも、更に輪を掛けて荒唐無稽だった。
──ホラ、魔法は『高度に発達した科学』って昔から言われているから、妥協に妥協を重ねた上で魔法が実在することを許容できるかもしれないけれども、『忘却領域』については妥協をいくら重ねてもいまのところは俄かには信じ難い。
「──さて、そろそろ荷物の運び出しを依頼されたエリアに入る筈なんだけど……、見事に図面上には無い壁が行く手を塞いでいるわね」
先頭を歩いていた店長は足を止めて、眼前の壁と手に持っているこの建物の見取り図を見比べて「ああ、やっぱりね」といった感じで目の前の現状に感想を述べる。
──コツ。コツ。
店長は何を思ったのか、唐突に廊下の壁をノックした。
──ボム。ボム。
更に、店長は今度は眼前の壁をノックした。
一体、店長は何を──?
しかし、眼前の壁の今のノック音は明らかに変。『ボム。ボム。』って……、まるで空気がパンパンに入ったビニールボールを叩いたときのよう。
「きびちゃん」
「あ、はい」
店長に呼ばれて視線をむけると、
「はい、出番だよ」
と、店長からのアイコンタクト。
…………へ? ……………………あ! ああ。ああ、そういう事。
一瞬、何が『アタシの出番』なのかと理解が出来なかったけど、少し考えたら解った。
アタシは店長が空けてくれたスペースに立ち、眼前のまやかしの壁に対峙する。
図面上では──いや、現実にはココに壁は『ない』のだ。
──Magia vastare,
聞き慣れた幻聴とともに腕に嵌めている木の腕輪に幾何学的文様が浮かび上がる。
アタシは躊躇うことなく、腕輪をしている方の手を眼前に見える壁に伸ばし、壁に触れる。
すると、まやかしの壁はスゥーっと消えていき奥へと続く廊下の続きが姿を見せる。
──おー、ちゃんと特訓をした成果が見事に出た。
これは余談なのだけど、ドーム内に入った日以降から腕輪の事が少し気になっていたアタシは試行錯誤の末に遂に腕輪の不可思議現象を起こす方法を見出だし、密かに特訓をしていたのだ。まぁ、店長にはバレていたみたいだけど……。
閑話休題。
「──遅れて飛び出て、じゃじゃじゃ~ん♪ へい、台車と荷物を入れる段ボールお待ち~!」
それは、突然の出来事。
店長から先方が用意していた台車と段ボールを取りに行くよう頼まれた希ちゃんが今し方、アタシたちと合流を果たした訳なのだけれども、急ぎアタシたちと合流する為か希ちゃんは──台車をキックボードよろしく乗りこなして颯爽と登場。そして、──
──どめげしっ。
「ひぎゃぷ!?」
まやかしの壁を消してから、そのまま廊下の真ん中に突っ立っていたアタシを撥ねた。
「──あ、ゴメン、きびちゃん。ケガはない?」
アタシにぶつかって減速したのか、撥ねられたアタシがいるまやかしの壁があった場所より1~2歩出た所から少し進んだところで、停まった台車から降りた希ちゃんが心配そうにアタシを見ている。
「アイタタタ…………う、うん、ぶつかった部分が痛むけど、ケガは……………………うん、大丈夫、ないみたい」
「──そう、よかった。もう、廊下の真ん中でぼーっと立ってたら危ないよ、きびちゃん」
「そう…………だね。アタシも不注意だったよ」
なんだろうか、たまに思うのだが希ちゃんの屈託のない笑顔にはムカつきを霧散させる効果でも有るのだろうか?
さっき、撥ねられたことにムカっとしていたのに、アタシにケガがなかったことに安堵した希ちゃんの笑顔を見て、「まぁ、ケガもしなかったし、いいか」となってしまったのだ。
「──もう、希さん、だから危ないって言ったんですよ」
希ちゃんを追って来たにしてはゆったりとした足取りで、少し遅れて到着したのは店長から希ちゃんと一緒に台車を取ってくるよう頼まれた彼(?)。彼(?)もまた希ちゃん同様に台車と段ボールを持参しているが、至って普通に運んできた。
「いや、後輩ちゃん、こっちの方が早く音恋さんたちと合流が出来たし」
「きびさんを轢いたじゃないですか」
「──うぐッ。……こ、これからは前方に注意を向けるから、大丈夫なハズよ」
──……あー、希ちゃん、前方不注意だったんだ。なんだろう、霧散したムカつきが僅かばかり戻ってきた気がする。
「…………あの、音恋さん」
「ん、叶、な~に?」
「ボク、ふと思ったんですけど、──ココって元は国の極秘研究施設だったんですよね」
「そうだよ。それが──?」
「侵入者対策にしては、さっきの幻の壁はお粗末過ぎませんか?」
「…………、言われてみれば、そうね……──希、きびちゃん、二人とも直ぐに幻の壁があったところよりこっちに来て! トラップがある可能性がありそうだから!」
──なんとッ!?
だがしかし、まるで謀ったかのように、まやかしの壁はアタシと希ちゃんを店長たちから分断してしまった!
だが、しかし。────────────────
アタシにはまやかしの壁を消し去る木の腕輪があるのだ!
まやかしの壁が顕れたのなら、また消してしまえばいいだけのこと。
アタシは幻聴が聞こえたの確認して、腕輪をした腕をまやかしの壁へと伸ばす。
「──……………………アレ?」
──おかしいな……?
もう一度。
──Magia vastare,
幻聴を確認。
木の腕輪に幾何学的文様が浮かび上がる。
──よし。
…………。
「──……………………なんで??」
2度まやかしの壁へと腕輪をした腕を伸ばして壁に触れるも、結果はさっきと同じ。
腕輪をした手が触れた部分の周囲が少し透明になるだけで、すぐに元に戻ってしまう。
「きびちゃん、下がって!」
希ちゃんの声に後ろを振り返ると、そこには複数の光の円盤を従えた希ちゃんの姿があった。
その姿を見て希ちゃんが一体何をするのかを瞬時に察したアタシは、希ちゃんの指示通り場所を空けて彼女の後ろへと退避。
アタシが後ろに下がったのを確認した希ちゃんは、後ろ姿からでもわかるほどに気合いを発して、宙に浮かぶ光の円盤をまやかしの壁へと突貫させた!
──ばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢ……!!!!!!
光の円盤とまやかしの壁の接触部分から放電現象のような閃りが迸る。
眩しくて直視は難しいが、見える範囲ではまやかしの壁に変化は見られない。
──ブルルル、ブルルル……。
ベストのポケットに入れたケータイが突如振るえだした。
こんなときに、着信!? ……………………──はッ!──もしかしたら、店長からかも?
急ぎケータイを取出し、画面を見れば店長からの着信だった。アタシは直ぐに繋ぐ。
『よかった、繋がった。きびちゃん、二人とも無事?』
「はい、無事です。いま、希ちゃんが壁を壊そうとしてるんですが─────」
アタシは店長に先程の事もあわせて状況を報告。
すると、報告を聞いた店長は少し思案したのか幾秒間の沈黙の後に、
『──わかったわ。私たちの方はどうにかして、きびちゃんと希を救出する方法を探すから、その間、きびちゃんたちには悪いんだけど……依頼を遂行してもらえるかな?』
「……はい、それは構いませんが……──何故ですか?」
『一度請けた依頼は……──ってのもあるけれど、依頼を遂行しておいた方が後々に……ね♪』
「……な、なるほど、了解しました」
──うわ~、店長の新たな一面。転んでもタダでは起きない強かさ。アタシも見倣ったほうがいいのかな……?
──ふぅ~。
一通り、エリア内を探索して優先順位の高い荷物は無事にすべて回収したアタシと希ちゃん。
このエリアはまやかしの壁が人の立ち入りを拒んでいたので、まやかしの壁より前の部屋のように部屋内はがらんどうではなく、“THE 研究者の部屋”といった感じに執務室は乱雑に研究・実験室は整理整頓されて、物に溢れていた。さらに部屋内は言うまでもなく廊下に至るまで埃に塗れていたが、ただ、まやかしの壁が空気の流れも遮断していたのか、降り積もっていた埃の層は薄かった。
「あとは音恋さんたちがなんとかしてくれるのを待っていればいいだけだけど、どうしたのものかしらね…………」
アタシたちは今現在、中身がギッシリ詰まった段ボール箱を山積みにした台車を引き連れて、店長が指定した場所で待機中。
このエリアを探索中に発見した他とは異なる部屋の1つ。店長、曰く、「多分、侵入者対策トラップの要」──である幾何学的紋様が中にある部屋。そのドアの前。
上記以外にも、幾何学的紋様がある部屋を見付けたが、こちらはドームにもあった“転移装置”ではないかとの希ちゃんの談。なんでも、紋様の配置が似てるんだとか。
「……どうしたも、現状じゃ、アタシたちに出来る事は店長たちが救出してくれるのを待つこと以外はないと思うけど……」
「そりゃ、実質はそうだけどさ、救出されるまで暇じゃん」
「そうね。なら、回収した資料なんかを読んでみるとか……」
「えー、興味があるならともかく、興味もない小難しい文章を読むなんて、苦痛以外のなにものでもないわ」
「…………」
言われてみれば確かに興味がないと、この文字の羅列を読むのは苦痛か。されど、アタシはなんともなしに段ボール箱の中から手に取ったレポートに目を落とす。
1世紀も前に生きた人物が書き記したレポートか。どんな内容なのか、アタシは無性に気になる。
たぶん……というか、台車に積まれた荷物は先方に引き渡したら、もう2度とアタシが目にする事がないのは確実だし、ここは折角だから、ちょっと見るくらい役得として、いいよね。
なので、──店長たちが何時救出に来てくれるかわからないから、資格や免許を取るとき等の勉強時に重宝している速読術でささっと読んでしまおう。
……フム。
…………フムフム。
……………………フムフムフム…………………………………………む? むむ?! むむむ?!!!
────────ナ…………ニ……………………、コレ???
何の研究をしていたのかはアタシには知る由もないが、ココは元は国家機密の研究施設で、その研究員が書いたレポートにしてはあまりにも荒唐無稽。しかも、その内容が、今日店長が話してくれた『忘却領域』の話と酷似──否、店長が話してくれた話の内容よりも遥かにディープな内容だった。
例を一つ挙げるなら、“『気候制御装置』について”────
────今現在、北半球の気候を温暖化が加速するより以前の古より当たり前とされていた状態に保っているのが、『気候制御装置』。
もしも、この『気候制御装置』が開発される事がなかったら、今頃どころかとっくに北半球の陸地は、現在の南半球の陸地同様にヒトをはじめとした殆どの動植物が生きるには至難な異常気象大博覧会な大地へと変わり果てていただろう。
即ち、『気候制御装置』は人類の──ひいては地球の陸上に生きる生命達の救世主なのだ。
しかし、このレポートによれば、『この世界』の人類は『気候制御装置』を0から開発したのでないのだそうだ。ならば、どうやって開発したのかというと、人の生命を対価に忘却領域』から異界の誰かが忘れた情報を獲て、その情報を元に造り上げたのだと記されていた。────
────他にも、レポートの内容には現実や歴史に記されている事柄と符合するヵ所が幾つもあった。
──それでも鵜呑みには信じられないどころか、真実味を出そうとした装飾過多とアタシは感じて、逆に胡散臭い……。
そして、これはもしものことだけど──……………………もしも、このレポートの内容が嘘偽りの無いモノであるならば、“コレ”って国家機密の書類にあたるのではないだろうか? 詰まり、その機密書類の内容を見てしまったアタシは以後、表には出てこないような裏の秘密組織から付け狙われる事に……!?──な~んてね。
──ま、妄想はこれくらいにして……。
読み終えたレポート──否、研究の合間に気休めに書かれたであろう落書き──を段ボール箱に戻す。
──はぁ~……。店長たち、早く救出に来てくれないかな~…………────────




