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3話

 若干気まずい空気になったものの、長月は再度投石の練習を始めた。先程の反省を生かしてか石を投げるたびにチラチラと周囲を伺っている。もっと自然に周囲の様子を確認出来るようになって欲しいものだが、最初からそのレベルを求めるのは無理か。とりあえず視野を広くする意識を持ってくれただけで良しとしよう。その後も泣き言を言わずに黙々と練習を続けていたので、かなりストイックな性格なのだろう。それでも体力と筋肉は疲弊するので、そろそろ休ませるか。


「おーい、そろそろ休憩するぞ。」


「おっす。」


「飲み物はお茶とスポーツドリンクどっちが良い?」


「スポーツドリンクでお願いします。」


「あいよ。」


 ストレージから取り出して軽く投げて渡す。食料や飲み物はかなり余裕を持ってストレージに保管しているので、人に分け与えるくらいは余裕がある。


「わっ!!ありがとうございます。しっかり冷えた状態で出てくるのはありがたいっすね。」


「だな。ストレージに入れた物は入れた時の状態で取り出せるから凄い便利だぞ。ただし生き物は入れられないから気を付けろ。」


「流石にそれは知ってるっす。」


「だよなぁ。配信ってのはそういう基礎知識を知るのには凄い便利だよなぁ。」


 ちなみに自分は昔に漫画の技を試してみようと、ストレージの入り口をゴブリンの首の所に出現させて閉じるのを試していた。亜空間で敵を切断して防御無視のチート攻撃!!なんて考えていたが、実際にはゴブリンには一切影響を及ぼさず、ただ戦闘中に敵のすぐ側でストレージを開閉しただけの間抜けな冒険者が居ただけだった。


「そうっすねぇ。全部鵜呑みにしていいってわけじゃないっすけど、ダンジョン協会の中にある配信広場でいっぱい勉強してたっす。あそこで配信出来るような人達はけっこう信用出来るっすよ。変な配信してたらすぐ協会に見つかっちゃうから、あんまり変な事出来ないんっす。」


「あー、公式配信だとそういうメリットもあったのか。たった3年で便利になったもんだよなぁ。」


「ダンジョンに適応する為に政府も色々頑張ってますからね。ところで大熊さんってダンジョン発生初期からダンジョンに潜ってたんっすか?」


「まあな。あの頃は全部手探りで大変だったよ。ダンジョンもモンスターもストレージもステータスも何もかも未知の体験だった。ゲームに似ている世界だったから、順応が早かったりモンスターの特性に予測がついたりはしていたが、ゲームではなくて現実世界なんだと言う事を忘れる奴も多くてな。それで調子にのってやられる奴を何人も見たよ。」


「うぅ・・・恐ろしい話っすね。大熊さんはどうしてダンジョンに潜ろうと思ったんっすか?」


「ダンジョンに潜ったきっかけねぇ・・・ありきたりな話かもしれんが、俺が勤めてた会社がいわゆるブラック企業でな。そんな会社で不平不満をたらしながら働いてたんだ。そんな時にまるで漫画みたいにダンジョンが発生したからな。そりゃ新天地に浪漫を求めて飛び込んだものさ。」


 なんて言ったものの本当はただの逃げる口実でしかなかったよな。そもそもブラック企業が嫌ならさっさと転職すればよかったのに、それもせずに不平不満だけたれて行動にうつさない奴だったからな。そう考えるとダンジョン発生っていう大きなきっかけに飛び込めた事は、自分を褒めてもいいかもな。


「おお!!ダンジョンには浪漫があるっすよね!!それで初めて潜った時はどんな感じだったんすか?」


「まぁ・・・なんだ・・・今思うと馬鹿な事してたなぁとは思うんだが、ダンジョンの噂がネットに流れてすぐの頃に会社をサボって近場にあったダンジョンに向かったんだ。その頃はまだ政府もダンジョンの存在を把握出来てなくて、規制もされてなかったから普通に忍び込めた。服装は持ってた服の中から動きやすい服装を適当に選んだだけで防御力皆無、武器は学生時代に修学旅行先で買った木刀だけ、おまけに武道経験どころか喧嘩もろくにしてこなかった奴が、ゲーム感覚でダンジョンに潜ったんだぞ。よく生きて帰れたと思うよ。」


「それはその・・・ほんとに生き残れて良かったっすね。しかも今みたいな事前知識ゼロで挑んでるって考えたらもう奇跡っすよ。」


「あー、奇跡は言い過ぎにしてもかなり運が良かったとは思う。最初に遭遇したゴブリンは木の棍棒を持ってたんだが、そいつは特に問題なく倒せたんだ。こっちがド素人とは言っても体格も筋力も武器の間合いも有利だったからな。木刀をブンブン振り回してたら普通に勝てたさ。」


「確かに初心者でもゴブリン一匹くらいならなんとかなりそうっすね。大熊さんみたいに体格良いからなおさらっすね。」


「ああ、ゴブリンくらい簡単に対処出来るさ。まともな状態で一対一で真正面から向き合ってればな。」


「うっ・・・さっきみたいに集団で奇襲されたらマズイっすよね・・・気をつけるっす・・・」


「それが学べただけ上出来だよ。あとは実際にモンスターに立ち向かってみないとわからん事も多いぞ。」


「あー、初めてモンスターを前にすると足が竦むって話もよく聞きますね。大熊さんは大丈夫だったみたいっすけど。」


「そうでも無いぞ。最初のゴブリンは良かったんだが、次に見つけたゴブリンがナイフ持ちでな。棍棒の時は特に感じなかったのに、相手が刃物を持っていると考えると途端に怖くなってな・・・しかもそこで躊躇してしまったせいで、ゴブリンをちゃんと見てしまったんだ。いや、ちゃんと向き合えたと言っても良いかも知れない。こっちを殺意の籠もった目で睨んでくるゴブリンを見ると、ここはゲームの世界ではなくて現実の世界で、自分は今このゴブリンと殺し合いをしてるんだと実感してな・・・足が竦むし逃げ腰になるし冷静な判断が出来ずにヤバかった。それでも木刀を振り回せたおかげでなんとかなったがな。」


 あの出来事は衝撃的だった。普通の人生において刃物を向けられる経験なんてそうそう無い。というかそんな経験あってたまるかって話だ。そして凶器を持った相手と対峙するってのがどういう事かを、あの時の自分は全く理解していなかった。命のやりとりをする覚悟がなかった。


「うっ・・・そう聞くと怖いっす・・・でも大熊さんはその怖さを乗り越えたから今もダンジョンに潜ってるんっすよね?どうやって乗り越えたんっすか?」


「んー、結局慣れかな?恐怖を感じた事やそれこそ死にかけた事は何度もあったが、そういうのを乗り越えるたびに耐性がついたっていうか、恐怖を感じてもきちんと動けるようになったって感じかな?」


「うーん、やっぱり場数を踏まないとダメみたいっすね・・・」


「だな。場数を踏んでかつ生き残らないといけないからなかなか厳しいぞ。とりあえず危険な相手に立ち向かうのも良いが、逃げる判断も出来なきゃ生き残れないぞ。危険な相手、不利な地形、数的不利、こういうのを見極めて逃げるなり場所を移して戦うなりしたほうが生き残る確率は上がる。とは言え逃げるにも技術が必要だぞ。逃げた先で別のモンスターが居て挟み撃ちになるとか洒落にならんからな。あとは逃げた先が危険な地形で怪我をしたなんて話もよくある。」


「うぅ・・・生き残る為には考える事がいっぱいあるっすね・・・でもそうやってちゃんと考えてるから大熊さんは生き残ってるんっすよね。自分も頑張って覚えるっす。」


 そうそう、考える事は生き残るには重要だ。そもそもダンジョンには危険なもので溢れているのだから、死にたくなければ覚える事や気を付ける事は山程ある。そして気を付けていてもちょっとした油断や不幸で死ぬ可能性があるのもダンジョンだ。


「さて、休憩はそろそろ終わりにして次の訓練に移るとしようか。」


「おっす。次はなにっすか?」


「ダンジョンでの生存率を高める為に必須の技術である転び方だ。受け身って言った方が伝わり易いか。」


「柔道とかで使うやつっすよね?投げられても怪我しにくくなるって聞いた事はあるっす。でも必須と言われてもダンジョンの初心者向け配信とかでは見たことないっすよ?」


「配信者はエンターテイナーであって教育者じゃないからな。どうしたって再生数が伸びるような事しかしないだろ。そうなるとモンスターの倒し方に偏るのも当然で、防御にしてもタンク役が盾を使ってガッツリ受け止めるとか、敵の攻撃を見切って回避とかそういう方向性になるだろ。しかも受け身の訓練なんて地味だしキツイし慣れないうちは怪我もする。おまけに地面を転がりまくるから当然装備は汚れるから、配信で受け身の練習なんてやらないんじゃないか?」


 というか自分は必須のスキルだと思っているが、言われてみると案外取得してる人間は少ないのか?速度重視の戦い方をしてる奴は流石に取得してるよな?まぁいっか。よそはよそ、うちはうちだ


「あー、それは配信でやらないのも納得っす。でも怪我をしにくくなるってかなり重要っすよね。」


「ああ、怪我は命に直接関わるからな。ダンジョン内で怪我して動けないやつなんて、殺して下さいと言ってるようなものだ。一応ポーションや回復魔法で治療は出来るが、ポーションは高価だし回復魔法は使い手が少ない。それに戦闘中ならば仲間に守って貰わないと治療も難しい。だったら怪我しないのが一番だし、せめて怪我を軽くする為の受け身は生存率に直結する技術だって事だ。」


「おっす!!死にたくないから頑張るっす!!」


「まずは手本を見せるから真似して見ろ。基本は衝撃を分散させる事と急所や怪我しやすい場所を守る事だな。冒険者用の服なら膝や肘に怪我防止の為に綿で補強が入ってるが過信はするなよ。」


 とは言え自分も受け身は独学で学んでるから、きちんと言語化したり適切な指導が出来るってわけではないんだよなぁ。それでも意識して練習したり実戦で使ってると、レベルが上がった時にスキルとして習得しやすい。特に基礎スキルなんて言われる物は案外簡単に取得出来る。そしてスキルさえ手に入れば行動に補正がかかるので、さらに練習しやすくなる。・・・というのが自分の経験則として感じている事なので、長月を鍛えるついでに実証実験といこうではないか。大丈夫さ、だってこの訓練で苦労するのは長月だし、例え失敗したとしても無駄にならなそうな事を教えているからな。


「・・・?大熊さん、どうかしたっすか?」


「いや、気にするな。練習を続けよう。」


 それからしばらくは前後左右色んな転がり方を試しながら練習を続けさせた。というか長月は自分の時よりかなり飲み込みが早くないか?あれか?小柄で体重が軽い分、体にかかる衝撃も軽くて済むからか?武道経験者ほど上手くは無いが、初めての練習でここまで出来れば上出来だろう。


「よーし、そこまで。」


「はぁはぁ、そろそろ休憩っすか?」


「だな。流石に疲れたか?」


「あー、まだまだやれるっす。」


「なら小休止をしたらキツイ特訓してから昼飯にするか。」


「お、おっす!!なにをするんっすか?」


「今日の集大成としてゴブリンと戦ってもらう。」


 そう伝えると流石に表情が強張るが、それでも逃げる気は無いようだ。・・・今のところは。


「ついに実戦っすか。でも武器の練習なんてまだしてないっすけど、大丈夫なんっすか?」


「なに言ってるんだ?さっきまでずっと練習してただろ?」


「えっ・・・まさか石投げて戦うんっすか!?」


「そのまさかだ。いや、実戦で使わないなら練習の必要なんか無いぞ?」


「それはそうっすけど、大熊さんもさっき投石は牽制の為の手段って言ってたっすよ!?」


「ああ、それも間違いじゃない。だがゴブリン程度なら投石だけでもなんとかする方法もある。」


「うーん?あらかじめ石をたくさん用意しておいて投げまくるとかっすか?」


「拠点防衛ならともかく、石をたくさん用意しておくってのは実戦向きじゃないな。やり方は単純だぞ。石を投げたら逃げて距離を取る。距離を取ったらまた石を投げる。これをゴブリンが倒れるまで繰り返すだけだ。頭なんかの急所に当たれば良いダメージ入るからなんとかなるさ。」


 そう伝えると長月は渋い顔をする。だがこの方法で倒せる事は間違いない。もちろんめちゃくちゃにキツイけれど。


「・・・・・・マジっすか?」


「マジだ。そもそも今回はモンスターを倒す為の訓練と言うよりはモンスターから逃げる為の訓練だと思ってくれ。見ての通りここは荒野だ。植生がほとんどなく障害物も少なく起伏も少なく見通しが良い。そしてゴブリンは軽装で身軽だが足の速さはそれほどでも無い。あいつら二足歩行で身長が低いから歩幅が狭いからな。しかもこっちは最低限の装備しかしてない元陸上部なら逃げるのは簡単だ。」


「・・・・・・なるほどっす。逃げる為の訓練ってのは盲点だったっす。モンスターを意識しつつもダンジョンを走り回る練習っすね。障害物が少ないとは言っても石は転がってるっすから、そういうので転ばないように気を付けないといけないっすね。」


「転ぶだけならすぐに立ち上がって走り出せばなんとかなる。一番怖いのは足を挫いたりの怪我で動けなくなる事だな。まぁ、安心しろ、死ぬ前には助けてやるよ。」


「怪我する前じゃなくて死ぬ前なんっすね。」


「絶対に安全な環境だと慢心するだろ。訓練とは言っても実戦だぞ?ダンジョンに潜る以上は適度な緊張感は必要だ。」


「うっす。頑張るっす。」


「おう、頑張って来い。」


 さぁ、地獄の実戦訓練の始まりだ。

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