娘が婚約破棄を言い渡されたようで
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「婚約破棄……?」
「はい、アリューゼ様に婚約破棄を言い渡されました」
モーラ・アドクリアス。
赤髪を後ろで束ね、つり上がった瞳。
大概の人間が抱く彼女への第一印象は――恐怖だ。
モーラにはマリアという娘がおり、彼女はモーラの部屋で泣いてる。
母親と同じ赤髪。
しかしモーラと違い、優しいたれ目。
愛らしい容姿に優しい性格。
彼女に好意を持っている男は数多くいる。
そんなマリアが婚約破棄を言い渡されたようだが……どういうことだろうと、モーラは詳しい話を聞くことに。
「突然どういうことなの?」
「アリューゼ様は、コリーと結婚をすると言い出して、それで私とは結婚できないと」
「コリー……ラーリュダルの」
母親の問いに頷くマリア。
アリューゼ・サイフォルムは侯爵の生まれで、モーラたちアドクリアス家の爵位は子爵。
恐らく、子爵程度なら無下にしても問題無いと判断されたのだろうと、モーラは考える。
悲しみに涙するマリアを見て、モーラは歯をかみしめる。
コリーは同じ子爵の娘で、マリアとは子供の頃からの友人だ。
それなのに友人の婚約者を奪うなんて……
相手がコリーだということに、モーラは益々腹を立てた。
「それで、どうしたいの?」
「どうしたいと言われても……分かりません」
「このまま泣き寝入りをするのか、復讐するのか。あるいは彼らに不幸が訪れるまで黙って待っているのか」
「不幸なんて望んでいません……私、どうすればいいのか分からないのです」
優しいマリアが復讐など望むはずなく、ただただ肩を落とすだけ。
モーラはその状態がもどかしく、そして彼女の代わりに怒りの炎を胸に宿す。
「あなたには幸せになってもらいたいの。優しいあなたを傷つけるアリューゼなんて、所詮その程度の男だったのよ。だからむしろ良かったと思いなさい」
「そう、思えるでしょうか」
「思ってもらわないと困るわ。私があなたに相応しい男性を見つけてあげるから、早く忘れるの。いいわね」
「…………」
返事をしないマリア。
(早いこと立ち直ってくれるといいのだけれど)
そう思案しつつモーラは、密かにアリューゼに対する復讐を計画し始めるのであった。
それから一ヶ月後のこと。
ある男性が彼女たちの家を訪れる。
その男の名はロキ。
冬を思わせる白銀の髪と、淡いブルーサファイアの瞳。
端正な顔立ちに、高い身長。
彼の登場に怯える使用人もいれば、頬を赤くする者もいた。
「マリア。この方はロキ。あなたと仲良くしたいらしいわよ」
「はぁ……」
「初めまして」
「は、初めまして……」
外見の印象と変わらない冷たい声。
マリアはロキに対して、少し恐怖心を抱いていた。
だが母親の紹介ということもあり、拒否することはできない。
渋々ではあるが、彼との付き合いを始める。
だが驚いたことに冷たい声と言葉使いとは裏腹に、ロキは優しい人間であった。
町を歩いている時、靴擦れをしてしまうマリア。
ロキはマリアの異変をすぐに察知し、彼女に声をかける。
「大丈夫か?」
「はい。少し靴擦れをしただけで……」
「痛いだろう。俺が運んで行ってやる」
「あっ」
ロキはマリアを抱きかかえ、彼女の住む屋敷まで運んでくれる。
その行為、そして彼の内に秘められら優しさに触れ、マリアはロキに惹かれ始めていた。
それからもロキと接するうちに、マリアは彼への想いを大きくさせていく。
まるで運命の出会いだったかのように、二人が相思相愛になるのに、そう時間はかからなかった。
気が付けばマリアはアリューゼのことを忘れ、そして彼以上にロキに想いを寄せていた。
そんなある日、アリューゼとコリーの婚約披露宴に呼び出されることとなる。
「はぁ……行きたくありませんわ」
「別にいいじゃない。もうあんな男のことは忘れたんでしょ? 他に想い人がいるみたいだし」
「それは……まぁ」
自分のロキへの気持ちが母親にバレていたことに顔を赤くするマリア。
モーラは微笑を浮かべ、そして娘の背中を押すようにして言う。
「アリューゼよりもロキの方がいい男だし、あなたのことを愛してくれているわ。だから過去のことを振り切るように、参加してきなさい」
「ロキ様は、私のことを想ってくれているのでしょうか……?」
「当然でしょう。あの人の目を見れば分かるわ。あの人の母親と同じ、冷たいけど情熱的な瞳。あなたを見ている時のロキは、特別なものだから」
ロキの気持ちはまだ分からないが、だが母親の言葉を信じよう。
彼と想いが通じ合っていれば、怖いものなんて何も無い。
勇気を出し、過去と決別するため、マリアは披露宴に参加することにした。
そして披露宴当日。
その日はマリア以外に、モーラとロキも参加することに。
自分一人でも大丈夫と思っていたが、だが二人がいてくれると心強い。
安堵のため息をついて、サイフォルムの屋敷へとやって来た。
自分たちが住んでいる屋敷よりも遥かに大きいことに、緊張してしまうマリア。
だが娘とは対照的に、モーラは堂々とした態度で披露宴を行われる大昼間へと歩いて行く。
「あら、マリアにモーラ様。いらっしゃってくれたのですね」
マリアを嘲るように、しかし歓迎するかのように声をかけてくるコリー。
波打つ金髪に、そばかすのある美女。
こちらをバカにするような目にモーラは目を細め、そして大きく嘆息する。
「婚約者を奪っておいて、よくそんな風に言えるわね」
「ああ、そうでしたね。あんな素敵な婚約者をありがとう、マリア」
「…………」
もう二人のことはどうとも思っていないが、目の前でこんな態度を取られると、流石に傷ついてしまう。
マリアは俯き、コリーが立ち去るのを待っていたが……ついでに元婚約者まで現れる。
「マリアじゃないか。本当に来るとは、俺に未練があると見える」
「アリューゼ様……」
黒髪を逆立て、気の強そうな目をしている男。
彼こそがアリューゼ・サイフォルム。
アリューゼはコリーの隣に立ち、マリアを軽蔑するような声で続ける。
「もしかして、まだチャンスがあるとでも思ってるんじゃないか? 俺がまた君を選ぶと」
「まさか。そんなこと思うわけありませんわ。調子に乗らないで下さらない?」
俯くマリアに代わり、そう言うのはモーラ。
彼女は腕を組み、気の強い眼差しでアリューゼを睨みつける。
その迫力にアリューゼは息を呑み、だが醜く口角を上げた。
「ははは。何も言えない娘の代わりに、母親が出しゃばりますか」
「可愛い娘を傷つけられて、黙ってなんていられないでしょう?」
「今日はめでたい日なのですから、そんな無粋な真似はしないでいただきたい」
「めでたい日か……そうなればいいですわね」
意味深なモーラの言葉に怪訝な顔をするアリューゼ。
彼女がそんなことを言う理由が分からず、だが披露宴の時間が迫り、準備のためにその場から離れる。
そして行われる婚約披露宴。
豪勢な料理に多くの貴族たち。
談笑し、楽しそうな時間が過ぎて行く。
モーラたちは端の方でその光景を眺め、マリアは溜息をついてここから出て行きたい衝動に駆られていた。
「お母さま。もう帰ってもいいのでは?」
「別に帰らなくてもいいでしょ。何もやましいことはしていないのだから」
「そうだ。やましいのは奴らの方だ。君は傷つけれらた側だ。気にすることはない」
「ロキ様……」
マリアを気遣うロキの姿。
そしてその美しさに、周囲の女性たちは彼に視線を集めていた。
披露宴の主役であるアリューゼは、自分が注目されていないことに腹を立て、だがそんなことで文句を言うこともできず、眉をひそめてロキを睨むしかなかった。
(待てよ……あいつに罪を着せてやろうか。俺たちの披露宴を台無しにした報いを受けさせるのも悪くないな)
注目を浴びるロキに対して、悪意ある作戦を思いつくアリューゼ。
そこからの行動は早かった。
「俺には元婚約者がいる。不幸なことがあって、彼女とは婚約を破棄することになりました。そしてその元凶が――彼なのですよ!」
披露宴が進む中、アリューゼがロキを指差しそんなことを叫ぶ。
今度は女性だけではなく、大広間にいる全員から視線を浴びるロキ。
「婚約者を奪った……?」
「突然婚約破棄をしたと思ったら、そういうことだったのか」
「許せないな、あの男」
軽蔑、怒り、憎しみ。
ロキには色んな感情が向けられている。
だが彼は涼しい顔で、マリアの横に立つのみ。
そして落ち着いた様子で、アリューゼに向かって口を開く。
「紹介していただいて感謝する。私がマリアの新しい婚約者、ロキだ」
「新しい婚約者ですって? なんて太々しい」
「婚約者を奪っておいて、なんだあの態度は!」
会場のボルテージが上がっていく。
だがロキは気にせず、冷たい視線をアリューゼに向けていた。
マリアはいつの間に婚約者になったのかと驚いているが……ロキの婚約者なら良いかもしれない。
むしろ嬉しく、これ以上の無い喜びを感じていた。
「ところでお前は、どこの家の者だ? 見たことも聞いたことも無いが」
「聞いたことは無いのは仕方ないだろう。俺は異国から来た者だ。この国の人間じゃない」
「異国か……わざわざこんなところまで婚約者を奪いに来たか。ご苦労なことだ」
会場中の人間がアリューゼに味方しており、ロキに敵対するようにして、全員が彼を見据えている。
マリアはその様子に慄き、だがモーラとロキは余裕ある表情をしていた。
その様子が気に入らなかったのか、アリューゼは舌打ちをする。
「それでどこの国から来たんだ、ロキ」
自分のしたことを娘とロキの所為にし、こちらを敵に仕立て上げたアリューゼに対し、モーラは我慢の限界にきていた。
半目をアリューゼに向け、ロキの代わりに彼女は言う。
「彼はスターロード王国からやってきた王太子――ロキ・スターロードですわ」
「……は?」
王太子。
その言葉に全員が茫然としてしまう。
沈黙が流れ、そしてモーラは強気な態度で続ける。
「スターロードのフィン王は、我らが王、ガルム様とは旧知の仲。あなたのやったことは、フィン王が全て報告しました」
「なっ……な!?」
「フィン王は私の娘のことなら、どんなことでもするでしょう。その怒りはガルム王にも伝わっているようですから、これからどうなるでしょうね、サイフォルム家は」
「そんな……」
愕然とするアリューゼ。
周囲の人間たちは何が起きているのか理解できず、困惑しているようだ。
それを見たモーラは、笑いながら説明をする。
詳しく、娘がどれだけ悲しんだのか。
「なんだそれは……本当なのですか、アリューゼ様?」
「今、彼が婚約者を奪ったと言ってましたが、そんなの嘘ですよね」
「何とか言ってください!」
周囲を騙し、優位に立っていたはずのアリューゼの足元が崩れる。
王族を相手にできるほどの立場ではないアリューゼ。
その上、自国の王が怒っているとなると……どうなるものか。
青い顔をして、魂が抜けたようになってしまう。
「終わった……何でこんなことに」
「アリューゼ様……私たち、これからどうなりますの!?」
アリューゼの横で泣き叫ぶコリー。
自分の終わりを理解しているのだろう、頭を抱えガタガタ震え出す。
「何で……私までこんな目に?」
「全ての元凶はあなたたちだからでしょ。簡単な話です」
モーラはため息をつき、そして最後に言い放つ。
「娘を傷つけた罰、しっかり受けなさい」
そして踵を返し、会場を後にするモーラ。
マリアとロキは彼女に続き、同じように外へ出た。
「あの、お母さま」
「何?」
「彼が王太子様だなんて、聞いてないのですが……」
「ああ、言い忘れてたわ。この方の両親の世話を昔したことがあってね、それで恩義を感じていてくれてたらしいの」
屋敷の外で立ち止まり、三人は会話を続ける。
「元々マリアと結婚をしたいという話をしていたのだが……君の母上がそれを許さなくてな」
「だって嫌でしょ。無理に婚約させられるのは。でも今は二人とも惹かれ合っているみたいだからいいのだけれど」
「お母さま。もっと説明してください! 全然理解が追い付いていません!」
ロキの両親との出会い、そして友好関係にあったことを馬車の中で娘にするモーラ。
自分たちの屋敷に到着する頃にはマリアも事情を理解し、ようやく納得する。
「はぁ……お母様、数奇な人生を送ってきたのですね」
「本当、不思議よね。でも奇跡の連続とも言える私の人生が、あなたを幸せにする。母親として、これほど嬉しいことは無いわ。だからマリア、幸せになりなさい。愛する伴侶と共に」
「……はい!」
それから一年後――
アリューゼたちには天罰が下り、サイフォルム家は没落する。
コリーの家も信頼を失い、もうまもなく没落するであろう。
そんな中、マリアはというと――今日、スターロード家に嫁ぐ。
モーラは玄関まで彼女を見送りに出ていて、ロキと共に馬車に乗るのを感慨深く見つめていた。
「ではお母さま。行って参ります」
「ええ。ロキ、娘のことをお願いしますね」
「はい。私の全てをかけて、彼女を幸せにしてみせます」
感情がこもっていないように聞こえる声。
だが熱意は十分に伝わってくる。
この男に任せておけば、娘は幸せになれるだろう。
そう確信したモーラは、笑みを浮かべる。
そして最愛の娘の幸せを祈りながら、離れて行く馬車を見送るのであった。
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