07 熱と冷たさ
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熱と痛みでハクアは目を覚ました。
「……いたい」
ハクアは自分が今何処に居るのか分からなかった。
暗い部屋で、穴の開いた壁から星明かりが入ってきている。
体がほとんど動かない。感覚はある。けれど、痛くない場所が分からないくらいに全部が痛くて腕の一本だってまともに動かせなかった。
唯一まともに動かせる目で周囲を見る。星明かりを僅かな光源とした部屋の輪郭は朧気で辛うじて自分が首元まで布団を被せられている事が分かった。
布団? 何故? 部屋の輪郭と同じ様に記憶も朧気だった。
痛みの中、ハクアは思い出す。自分は逃げていた。角を狙う簒奪者から逃げ、夜の森の中を走ったのだ。
怖くて、苦しくて、恐い。そう思いながら足を必死に動かして、森の中を駆けたのだ。
そうだ。確か、風が感じたのだ。森の外に通じると思った風を。その風に向かって走り、出口まで辿り着いた筈なのだ。
満天の星明かり。そして一瞬の浮遊感。そこから先の記憶が途切れている。
「……ああ、そっか、落ちたんだ」
ハクアは何故全身が痛いのかを理解した。あの時、自分は踏み外し、何処かへ落ちたのだ。そして全身を打ち付け、死にかかったのだ。
「なんで──」
──生きてるの?
記憶がもたらした答えは次なる疑問を産む。だが、その疑問を考える前にハクアの耳は傍らで出る自分以外の音に気付いた。
ドクンドクンと恐怖で心臓が早鐘を打つ。痛みと恐れの中、ゆっくりとハクアは視線を動かし、そして、机に突っ伏した少年の姿を見つけた。
「!」
ビクリと、ほとんど条件反射で体が逃げようとする。無理やり動かしてしまった肩がゴギリと嫌な音をたて灼熱の痛みが襲った。
「ッ!」
痛い。痛い。痛い。そう叫びたくなる声を必死に抑える。気付かれたら駄目だ。自分の存在に気付かれては駄目だ。染み付いた習慣がそうさせる。
灼熱の痛みが納まるのを震えて待ちながら、ハクアは視線の先の少年を見た。
こちらから見えるのは後ろ姿で、白髪の少年だった。どうやら寝ているようで、スー、スーと寝息をたてている。
その姿にやっとハクアは全てを思い出した。
アルバス。そう、この少年は名乗っていた。そうだ。彼は、アルバスは自分を助けてくれたのだ。
ここはアルバスの家で、自分が寝かされていたのはアルバスのベッドだ。
緊張が解ける。強張った体から力が抜け、ハクアの体が布団に埋まる。
薬草の匂いがして、ハクアは自分の全身に包帯が巻かれている事を思い出した。
「杖無しの、マギア」
アルバスは自分をそう名乗っていた。
ハクアは自身の角へ意識を向ける。ホウホウと僅かに発光する白晶の角。
この角を世界の誰もが狙っている。マギアならば尚更だ。
だから、ハクアは未だアルバスを警戒していた。自身を杖無しだと彼は語っていて、彼からは魔力を何も感じなかったけれど、それが事実であるという証拠は無い。
目を覚ますまで何日経った? 既にアルバスは外へ連絡していて、今すぐにでも何かが自分を攫いに来るのではないか。
怪我が治るまでこの家に居て良い。それはハクアを騙す為の方便ではないか。
つい安心して寝てしまったけれど、本当は今すぐにでもここから逃げなければいけないのではないか。
世界は優しくない。無数の疑念が頭の中で駆け巡る。
だが、今のハクアには何もできない。体中が痛い。骨も折れている。立ち上がる事はおろか、起き上がる事さえ難しい。
今、自分の運命はアルバスの手のひらの上に在った。
「……ん」
その時、視線の先でアルバスの体が身動ぎした。心臓が止まるのではないかと思うほどハクアは息を詰まらせ、急な動きをした肺が折れた肋骨を刺激した。
「ァ!」
寝息が聞こえる程に静かな部屋だ。ハクアが出した声がシンとした空間へ響き渡る。
「んん?」
机に突っ伏していたアルバスが体を起き上がらせ、目を擦りながらこちらへを見る。
寝たふりでもする事もできず、固まったままハクアは動けなかった。
そして、壁の隙間から入る星明かりしか光源の無い朧げな空間の中、ハクアとアルバスは互いを認識してしまう。
「あ、起きたんだ?」
立ち上がり、アルバスがこちらへと歩いてくる。喉の奥が干上がる様な恐怖がハクアを襲った。
逃げたい。体が動かない。逃げられない。まるで処刑を待つ囚人だ。
そして、アルバスがすぐ近くで立ち止まり、こちらへと手を伸ばしてきた。
「」
ハクアは声も出ない。自分の頭へと、角へと伸ばされるマギアの手に何も言えない。
この角を触る気か。この角へ触れる気か。嫌だ、止めて、許して。そんな声が心の中で乱舞する。
けれど、アルバスの手が触れたのは角ではなく額だった。
「ちょっと熱いね。少し待ってて」
それだけ言ってアルバスが離れる。
どういう事だ? 熱い? 何が? ハクアの頭の中は混乱で満たされていた。
アルバスが戻ってきたのはすぐだった。
「ちょっとごめんね」
断りを入れながら、ハクアの額に何かが乗せられた。
冷たくて柔らかい。一拍挟んでハクアは額に濡らした布を乗せられたのだと気づいた。
「少しだけ、楽になったかな? 本にはそう書いてあったんだけど」
困ったようにアルバスが笑っていた。こちらを心配する色だけがその顔にはあって、困惑でハクアは固まってしまう。
「まずはちゃんと寝て。けど、何かあったら呼んでね。僕はあそこで寝てるから」
アルバスが指さしたのはハクアから少し離れた数枚の毛布が重ねられた場所だ。
こちらの返事を待たず、アルバスが毛布の上で横になり、小さく「おやすみ」と言った。
「……」
あまりの事にハクアは何も言えない。今何が自分に起きたのか理解するのに時間が掛かっている。
つまり、今この少年はハクアが起きた事に気付き、熱を持っていて寝苦しいのだろうと思って、額に濡らした布を乗せたのだ。
じんわりとした額の冷たさをハクアは理解できない。何故、どうして、こんな事をしてくれたのか。
いつしか、スー、スー、とアルバスの寝息が再びしている。
「おや、すみ?」
呆けたようにハクアはアルバスから言われた言葉を繰り返した。
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