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07 黒服と鬼兎


「あ、あったあった星見草」


 三角帽子にボロボロのリュック、懐には黒石のナイフ、リュックに刺した弓矢を揺らすいつもの姿でアルバスは星見草を採取していた。


「二人分だからね。多めに取らないと」


 ハクアが目覚めてから五日が経っていた。まだ、彼女の体は万全では無く、少量の食事を取り、後は寝ているだけの日々を送っている。

 だから、魔石の採取であったり、魔術書を読む事であったりとしたアルバスの日常には大きな変化が無かった。

 しかし、実の所、アルバスはとても焦っていたし、どう過ごせば良いのかと模索していた。

 アルバスの家には十年間、誰も来た事が無い。

 孤独に慣れ過ぎてしまったアルバスには突如として増えた同居人とどのように接すれば良いのか分からない。

 時折、頬と首をくすぐるような気恥ずかしさに襲われる日々は不快では無かったが、決して楽な物では無い。


「ちょっと、多めに取っておこうかな」


 黙っていると恥ずかしくなってしまうから、アルバスはいつも以上に独り言を言いながら星見草を取っていく。

 木漏れ日を浴びながらアルバスは自分とハクアの為に星見草を採取する。食事にも薬にも成るこの草をアルバスは好んで食べていた。

 キィィィィィィヤァァアアアア。

 遠くで魔物達の鳴き声が響いている。曲がりくねった風に運ばれ、反響する狂った鳴き声。やはり、その声はいつもりよりも小さかった。


「ハクアは何から逃げたんだ? やっぱり角狩りか?」


 結局、ハクアの口から真相を聞けていない。

 無理にでも理由を聞いた方が良いのかもしれない。鬼とは言え、この森に少女が一人で、しかも大怪我をして倒れていたなど並大抵のことでは無い。町の守護鬼兵に助けを求めるべきだ。

 しかし、アルバスのその言葉をハクアは嫌がった。町は嫌だ。できれば誰にも自分を知られたくない、と頭を下げたのだ。

 真相を知りたい。杖無しの自分では何の役にも立てないかもしれないけれど、知れれば、もしかしたら助けに成れるかもしれないのだ。

 けれど、十年に渡り、まともな会話をしてこなかったアルバスには強引に真相を聞く事もできなかった。


「……良し。こんな物でしょ」


 どうしたものかなぁ、と考えながらアルバスはリュックに星見草を詰め終える。向こうしばらくは二人での食事に問題が無い程度の量は取れた。


「帰ったら、薬にでもしよう──」


 そう言いながら立ち上がった時、アルバスは「ピィ」という鳴き声を聞いた。

 声の方向を見て、アルバスは目を丸くする。


「……鬼兔だ」


 視線の先、二十か三十の歩幅の場所、五つの木々の向こう。身の丈程の角を生やした一匹の鬼兔が居た。

 一角の兎はまだこちらに気付いていない。優秀な魔力感知能力を持つが故、周囲への警戒をそれに大きく頼る鬼兔では杖無しのアルバスに気づけないのだ。


「……」


 アルバスはゆっくりと弓へ矢をつがえた。

 鬼兔の肉は旨い。栄養価も豊富だ。一昨日からやっとハクアは肉を食べられるように成った。干し肉以外の肉も食べさせたい。


「シッ」


 そう言った感情を乗せ、矢を放つ。

 ヒュウウウウウウウウウウウウウウ、ガッ!


「ピァッ」


 螺旋状に回転した矢が頭へと突き刺さり、その場で鬼兎は息絶える。

 アルバスは「良し!」と強く手を握り上げた。

 気持ちが昂る。アルバスには料理の腕は無かったが、鬼兔は塩で焼くだけでも充分旨い。きっとハクアも喜んでくれるだろう。

 鼻歌を奏でながら、仕留めた鬼兎を布で包み、リュックに縛り付けた。

 そして、さて帰るかと言う時、アルバスの耳にまた別の音が届いた。


「~~==」

「!」


 ちゃんとは聞き取れないが、人の話し声だ。


「誰だ?」


 アルバスは息を殺し、その場で屈む。

 狂鳴の森に来るのは魔物狩りの狩人くらいだ。それも大体はギルドに未登録の荒くれ者。間違って攻撃されてはかなわない。

 屈みながら、声のした方向へゆっくりと歩き、木々の間からアルバスは声の主を見た。

 そこに居たのは黒服を着た魔法使いと鬼だった。魔石を取るナイフも、魔石を運ぶバックも持っていない。

 狩人にすら見えなかった。

 何だあれは? 狂鳴の森では見た事が無い人種だ。町であったならばあの格好もおかしくは無い。けれど、ここは狂鳴の森である。狩人では無い格好でうろつくような所では無かった。

 服装の似付かわしくなさで言うのなら、それこそ、ハクアと同じくらいに異様な格好の者達だ。

 アルバスは眉を顰め、警戒しながらその二人組を見る。


「=・<>―?」

「~~~」


 距離は遠い。話し声がギリギリで分からない。

 近づきたいが、危険だ。もしも気づかれてしまったとして、この距離でアルバスでは逃げられない。

 ジッとアルバスは魔法使いと鬼を見た。

 魔法使いの体は細かった。目はギョロギョロとしている。

 対して、鬼は縦にも横にも大きい。良く鍛え上げられた体をしている。おそらく戦士だ。どうやら最近角が生え変わった様で、傷の無い角が目立っている。

 典型的な前衛と後衛。鬼と魔法使いが組んだ場合に良く見られる一組だ。

 やはり、雰囲気は狩人の物では無い。だが、荒くれ者ではあるようだ。おそらく、アルバスが見た事が無い種類の。

 魔法使いの手には人一人が入れそうな麻布と人一人を縛り上げられそうなロープが握られている。あんな物、魔物相手には無用だ。

 一体、何を、誰を捕まえるための装備なのだろうか。アルバスの頭にハクアの姿が浮かぶ。

 しばらくその二人をアルバスは見続け、結局、二人は歩き始め、森の奥に行ってしまう。

 その背中が消え、心臓の鼓動が収まるまでアルバスはその場から動かなかった。

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