54 夢と祈り
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「でも良いのドル? こんなに用意してもらって」
「金は貰った。代金分の商品は用意するのが商人だ」
アルバスへ返事をしながらドルがハクアの羽織る白いローブを見る。
「おい、カーラ、他に魔法具は無いのか? 長旅になるらしい」
「一応、あたしの店で一番の魔導具を持って来たんだけどねぇ」
そんなハクアの近くで彼女のローブに魔法を掛けているのはカーラだった。
矢避け、身隠し、そよ風の加護。旅人に向けた祈りの魔法一式。
カーラは笑い、「良し、できた」とハクアの背中を叩いた。
「どうだい、ハクアちゃん、調子は? 一応あたしにできる最高の加護なんだけど」
「ありがとう、カーラさん。とっても嬉しいわ。アルバスにもお願い」
「僕は良いよ。杖無しじゃ加護は働かないからね」
加護の魔法は所有者の魔力に反応して効力を出す。アルバスには無用の物だ。
「だめ」
「ん?」
いつもの様に自虐の言葉を出したアルバスの唇をハクアの指が抑えた。
「アルバス、その言葉は止めて。あなたはもう杖無しじゃないよ」
「……そうだったね。でも、本当に魔法は良いよ。魔物からも隠れられるしね」
杖無しアルバス。口触りに馴染んだ二つ名はもう自分の物では無かった。
「アルバス」
杖を持てた実感が無い。アルバスはこちらをジッと見るハクアへ気まずそうに頬を掻いた。
「ごめんね、ハクア。つい、ね。まさか僕が杖を持つようになるなんて思わなくてさ」
アルバスは懐から杖を出した。
ハクアの左角を折ったままの白晶の杖。
まだ加工を何もしていない剥き出しの魔隷角がホウホウと輝いている。
「お、それがハクアちゃんの杖かい。あたしにも見せてよ。一生に一度見れるか見れないかの魔隷角なんだろ?」
「うん。良いよ」
アルバスが右手に持つ杖をカーラが左手で触る。
パキパキパキパキパキパキ!
その瞬間、カーラの左腕が魔石で包まれた。
「おっと!」
アルバスとハクアが眼をギョッとさせ、すぐに杖から離したカーラの手を見た。
魔石は瞬きの間に魔素に変わり、すぐにカーラの腕は元に戻る。
「大丈夫!? 手は!?」
「大丈夫大丈夫。一瞬だったからね。ちょっともう一回見せてくれるかい? 触れない様に気を付けるからさ」
改めてカーラがまじまじとアルバスの杖を見る。
「カカカカ! ああ、なるほど! こいつは良いな!」
そして、大笑いした。
「おいおいドル! あんたも人が悪いね! こんなの私が触れる前に止めておくれよ! おかげで吃驚したじゃないか!」
カーラは片眉を上げてドルを肘で小突く。
愉快痛快と言ったカーラの顔へ、アルバスとハクアの頭には疑問符が浮かんでいた。
「杖は魔法使いの領分だろ。一目で気付かん方が悪い」
「いやいや、意地悪なやつだね。こんなのあんた程の鑑定人ならすぐに分かったろうに。しかも、アルバスとハクアちゃんの反応を見るに二人にはまだ説明していないんだろう?」
「カーラさん、ドルさん、今の現象が何か分かるの? お願い教えて。この杖はアルバスを傷付けちゃうの?」
ハクアがドルとカーラに詰め寄る。
その顔は必死だ。カーラは苦笑し、もう一度ドルを小突いた。
「ほら、ドル。教えてやらなきゃ。こりゃ大人のあたし達の仕事だろ」
「仕方無いか」
ドルが肩を竦めた。
「まず初めにこの杖がアルバスを傷付ける事は無い」
「ほんと? 本当に? 絶対に大丈夫?」
「ほら、ドル、あんたが先に説明しないからハクアちゃんがこんなに不安がってるよ。悪い大人だねぇ」
「やかましい。本当だし、絶対だ。鑑定人の名を賭けても良い」
ドルが一度咳払いし、ハクアからアルバスへ視線を移した。
「アルバス、その魔隷角はもう価値無しだ。何処の店に持って行こうと、銅貨一枚だって値が付かん。何でか分かるか?」
「? 分からないね。売る気は無いけど、魔隷角は三代に渡って生活できるくらい高く売れるって聞いたよ?」
「それは誰でも使えたらの話だ」
やれやれと頭を振って、ドルが次にハクアを見た。
「ハクア、お前は杖を折られる時、何を思った?」
「え?」
「当ててやる。アルバスの願いを叶える事を祈ったんだろう?」
コクリとハクアが頷き、カカカとカーラの笑い声が響く。
ドルはアルバスを見た。
「本当は無数の奇跡が起こせただろう。無限の夢を叶えられただろう。だが、もう、その杖が起こせる魔法はただ一つだ」
「あ」
先に理解したのはハクアだったようで、顔を赤らめた。
「その杖はアルバス、お前のためだけの杖だ。杖無しの魔法使いにひとときの奇跡を授ける、ただそれだけのために全てを捧げた杖だ。お前以外の誰も触れないし、お前以外の誰も使えない。できそこないの夢の杖。こんな物に値段はつけられんよ」
ドルの言葉にアルバスは再度杖を見る。
それが恥ずかしかったのかハクアが顔を手で覆った。
「ありがとう、ドル、カーラ。おかげで良い旅ができそうだ」
「ありがとうございます、ドルさん、カーラさん。いつの日かまた会いましょう」
程なくして旅支度は完了した。
大きなリュックを背負ったアルバスとハクアが「良し」と腕を回す。
「ん。一端の格好だ。ドル、良い装備を持ってきたじゃ無いか」
「俺は商人だ。相応の品は出すさ」
カーラとドルがアルバス達を見る。
これから旅に出る若者で、その道のりは険しい物になるだろう。
だからだろうか、ドルが店を出て行こうとするアルバス達へ声を掛けた。
「アルバス」
振り返るとドルが自身の角を握り、カーラが杖を自身の心臓に向けていた。
一瞬、アルバスとハクアは唖然とし、すぐにやるべき事を理解した。
アルバスは杖を自身の心臓に向け、ハクアは残った右角を握った。
「「「「角と杖の導きがあらん事を」」」」
角杖の祈り。
鬼と魔法使いが他者へ捧げる祈りの所作。
まさか、自分がやる事に成るとはとアルバスは笑い、そして、ハクアと共に店を出た。




