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51 吐息と抱擁


***


 また、夕陽の音が訪れた。

 あたりにはハクアとアルバス、鬼と魔法使い、二人以外何も残っていなかった。

 魔弾が会場の全てを破壊し、沈もうとする夕陽の光がハクアの眼を貫いた。


「終わっ、た」


 アルバスが小さく呟き、その右手に持った杖から光が消える。

 パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!

 ハクアとアルバスを包んでいた魔石が魔素と成り、輝きながら砕けていく。

 それと同時に、ハクアを抱きしめていたアルバスの体から力が消えた。


「え?」


 ドサリ。突然で、ハクアはアルバスと共に地面に倒れ込んだ。


「アルバス? ねえ? アルバスっ?」


 ハクアは自分を覆い被さるように倒れたアルバスを揺さぶり、声を掛ける。


「……」


 けれど、アルバスに反応は無い。ただ無言で眼を閉じている。


「っ」


 ほとんど無意識にハクアはアルバスを仰向けにして、その口へ手をかざし、胸に耳を押し当てる。

 スー、スー。トクン、トクン。


「……生きてる」


 呼吸は安定していて、鼓動もする。彼は穏やかに眠っていた。

 体から緊張が解け、ハクアはふぅっと体をアルバスへ預けた。

 吐息がかかる距離で、ハクアはアルバスの顔をジッと見た。

 その体は傷だらけで、何故だか堪らない気分に成って、ハクアは両腕でアルバスを抱き締めた。

 腕に上手く力が入らなかった。アルバスに角を捧げたからだ。

 角を無理矢理折ったのだ。ハクアの中で魔力の流れが乱れている。

 それでも良かった。ちぐはぐな感覚のままハクアはアルバスを抱き締めたかった。


「お願い、謝らないで、アルバス」


 アルバスはきっと後悔している。ハクアがそうさせてしまったのだ。

 彼は優しい人だから、きっとこの角を折ってしまった事を許せない。ずっと今日この時の選択を後悔して生きるのだ。


「あなたは、わたしを救ってくれたのよ」


 でも、ハクアは救われた。

 アルバスが助けに来てくれただけでハクアは救われていた。もし、助けに来なかったとしても、あの家に住まわせてくれただけで、もうそれで良いと思えたのだ。

 左角の割断面に陽が当たる。敏感なそこは熱を持ち、痛い痛いと泣いている。


「嬉しかったの、アルバス。あなたと話せて、あなたと過ごせて、あなたと触れ合えて、嬉しかったの。だから、謝らないで」


 アルバスは眠っている。

 この声は届いていない。届いていないから言える言葉もあった。

 初めてで最後だと思った穏やかな時間。それをくれたのはアルバスだ。

 ギュウッと強くアルバスを抱き締める。彼の頭を触り、自分の首に押し付ける様にハクアは力を込めた。

 カァン、アルバスの右手から軽やかな音がする。そこにはアルバスの右手が握ったままの杖があった。

 アルバスの体からは力が抜けているのに、杖だけは握り続けているのだ。


「アルバス」


 それもまた、ハクアには堪らなかった。

 彼に捧げた杖。彼に捧げられた杖。

 良かった、とハクアは思った。

 母を殺し、父が守り続けた、未折の杖は遂に折られ、その価値を失った。

 喪失感はある。痛みもある。取り返しの付かない事をしてしまったという不安もあった。けれど、それ以上にあったのは安堵の心だった。

 亡き父と母にハクアは思う。

 怒らないでくれ。

 悲しまないでくれ。

 この優しい魔法使いに捧げたいと思って、捧げられた。

 それはきっと幸せな事なのだから。


「アルバス、ありがとう。本当にわたしは嬉しかったの」


 強くアルバスを抱き締める。

 夕陽の音が少し変わるまで、しばらくハクアはそうしていた。

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