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05 空腹と星見草



「……ん」


 少女が眼を覚ましたのは、アルバスができる限りの治療をして三日目の夜だった。


「!」


 カラン! 干し肉と星見草の煮込みの器へスプーンが落ち、それに気付かないほど慌ててアルバスはベッドに寝かせた少女へと駆け寄る。


「起き、た?」


 包帯だらけで薬草の匂いがする少女の眼はぼんやりと天井を見つめていた。まだ意識がハッキリとしていない様だ。

 だが、瞳を開けている。息もしていて体が僅かに動いている。

 その姿にアルバスは叫びたくなる程に息を詰まらせた。


「……ここ、は?」


 少女の口から言葉が出た。鈴が鳴るような音。起きたばかりの細い声。

 木組みの天井へ、つい漏れ出た様な声。生きている。言葉が喋れるほどには大丈夫な程に。

 アルバスの肺が驚きと喜びで息を吸った。


「僕の家だよ」


 アルバスは少女の視界に体を入れ、彼女の口から出た言葉に答える。


「! ッ!」


 少女の変化は劇的だった。きっと彼女の視点では突然現れた見知らぬ魔法使いの姿にビクリと体を強張らせ、逃げようとし、そして、すぐに痛みで動かなくなった。


「ッ、あ、た、っ!」


 呼吸は乱れていた。眼は恐怖で固まっていた。だが、四肢が折れた体では逃げられない。その絶望が表情を染め上げる。


「え、あ、えっと」


 その表情にアルバスもまた体を固まらせてしまった。

 失望と怒りと蔑み、その様な視線は慣れている。きついとも辛いとも悲しいとも思えないほどに慣れてしまった。

 けれど、絶望と恐怖、今の少女から見えるような視線にどういう反応を返せば良いのかが分からなかった。


「いや、こないで。い、や」


 少女は怯えている。逃げようとしている。

 そんな少女へ何を話せば良いのか分からなかった。だから、ゆっくりと両手を挙げて、アルバスは何も持っていない事を示した。


「僕は、君の敵じゃない。動かないで。大怪我なんだ。だから、お願い、落ち着いて」


 ゆっくりと、本当にゆっくりとできる限りの優しい声でアルバスは語りかける。

 けれど、少女の眼は猜疑に染まっている。絶望と恐怖は露わなままで、体は強張り震えている。


「本当に、敵じゃない。君に危害は加えない。もう一回言う。君は大怪我をしているんだ。落ち着いてくれ。動いたらまた傷が開くかもしれない」


 少女の息は浅くて早い。痛みなのか恐怖なのかは分からない。その眼は見開かれたままだ。


「近くて怖いのなら謝る。一歩下がるよ。でもお願い。暴れないで。骨も折れてたんだ。肌も破れてたんだ。だから、ゆっくり、ゆっくりね、息を吸って、ね?」


 一歩下がり、そこからアルバスは少女と向かい合って、しばらくの間一切体を動かさなかった。

 永遠にも感じられる時間が流れた後、少女が口を開く。


「あなた、は? 魔法、使い?」

「僕はアルバス。うん、一応魔法使い」

「ここ、は? どう、して、わたしが?」

「ここは狂鳴の森にある僕の家。三日前、牙の崖に落ちていた君を見付けて僕が家に連れて帰った。大怪我をしていたから、出来るだけの治療はしたよ。安心して。君の角には一切触ってないから」


 鬼にとって角は神聖な物だ。特に若い女の鬼であれば尚更だと聞いている。だから、包帯を巻く時も注意した。


「……ッ」

「落ち着いて。動くならゆっくり、ゆっくりとだよ。骨が折れてる。いっぱい折れているんだ」


 少女は首を動かして、アルバスが巻いた包帯を見るが、その動きで何処かの骨が痛んだのか顔を顰めてしまう。


「もう一回言うよ。君は狂鳴の森の牙の崖に落ちていた。その君を僕が拾った。怪我をしていたからできるだけの治療をした。ここまでは、良いかな?」


 少女がゆっくりと頷き、アルバスはふぅっと息を吐いた。


「君の名前は?」

「……ハクア」

「ありがとう。ハクア、君はどうしてここに? 君が魔石取りなら分かるけど、狩人には見えないよ。何があったの?」

「………………」


 ハクアが視線を左右に揺らすままで、しばらく待っても質問の答えは出てこなかった。


「何か事情があるんだね」


 アルバスは苦笑する。話したくないのであれば無理に聞くべきではない。起きたばかりなのだ。あまり体力を使わせたくない。


「とりあえず、食事にしよう。すぐに君用のご飯も持って来るから」


 竈の鍋から星見草の煮物を新しい器によそって、ハクアのベッド脇のテーブルに置いた。。


「ごめん、少し、体を起こすよ。痛かったら言って」

「っ」

「あ、ごめんね。ほら、ゆっくり、ゆっくり、ね」


 起きた後、ベッドの脇に腰掛け、ハクアの口元に星見草をすくったスプーンをアルバスは近付ける。


「少しでも食べた方が良い。寝ている君に水しか飲ませられてないんだ」

「……」


 ハクアは警戒を露わに口を閉じている。だが、アルバスのスプーンが動かない事を見て、諦めたのか僅かな間を持って口を開いた。

 その小さな口へアルバスはゆっくりとスプーンを入れ、ハクアの嚥下を見守る。

 どうやら何か食べられる程度には回復しているらしい、と内心深く安心しながら、アルバスはハクアへ語りかけた。


「星見草は栄養価も高いし、消化に良いんだ。干し肉も入れてたんだけど、ごめんね、まだ食べられないと思う。今はこれで我慢して」


 料理と呼べる程の上等な物では無い。干し肉と星見草をただ一緒に煮込んだだけの物だ。

 しかし、空腹ではあったのか、ハクアは一口、また一口とアルバスからの星見草を食べ、遂には完食した。

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