49 集約と放出
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「ハクア!」
角が折れた瞬間、ハクアが倒れた。
「だい、じょうぶ」
気丈に声を出すが、その言葉は震えていて、今折れたばかりの角の断面を痛そうに抑えている。
ハクアを抱きかかえ、アルバスは顔を歪めた。自分が折ったのだ。自分が彼女に傷をつけたのだ。
あんなにも守りたいと思ったのに。こんなにも救いたいと思ったのに。
取り返しの付かない事をしてしまったと言う後悔が襲う。
目の前が絶望で染まり、思考が鈍化する。
そんなアルバスの感情をハクアが全て無視した。
「魔法、を」
震える指が鳥籠の外を指す。
ガシャアン! ガシャアン! ガシャアン!
いつの間にか魔物達が再び檻を攻撃していた。
見れば、会場で生き残っている者はもう居ない。
最後の生存者であるアルバスとハクアへ魔物達の血走った目を向けて、牙や爪や嘴を突き立てる。
「杖、を」
右手に握りしめた白晶の角をアルバスは見た。折ったばかりで加工も何もしていない。剥き出しの角。
刹那、白晶の角が輝いた。
アルバスの全身に再び魔力が流れ込む!
魔隷角としての性質は衰える事無く、それどころか苛烈さを増し、周囲の魔素を隷属させ、自身へ集約させる。
魔隷角がアルバスの血と反応する。
魔素を集約する魔隷角。魔力に変換され、魔法使いの血へと大量に流れ込んだ。
大魔法使いでさえ破裂させる様な劇的な魔力の奔流だ。
だが、アルバスの血は魔力をため込めない。
結果、貯め処を失った魔力は魔石と成って周囲へと溢れ出た!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
魔石がアルバスの体を覆う。
アルバスは痛みを忘れた。既に心に恐れは無い。
「――」
きっと、今のコレは憧れた魔法使いの在り方とは違うのだ。
しかし、この手に感じる熱は確かに魔力の物で、この手にあるのは紛れもなく杖だった。
「おね、がい」
アルバスは杖先を檻の外へ向ける。
ガシャアン! ガシャアン! ガシャアン! ガシャアン!
「グギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!」
魔物を見る。それらの眼はこちらを捉えて放さない。
血に魔力が宿った訳では無い。自分の周囲に魔力があるだけだ。それさえもアルバスはまともに感じ取れない。
だから、複雑な事はできない。
憧れた様な魔法を練り上げる事はできない。
今、自分は白晶の杖が隷属させた魔力を通すためだけの回路だった。
憧れは砕け、決意は挫け、それでも手に残ったのがこの杖だ。
「集まれ」
アルバスは命じる。それはすり切れるほど読んだ魔術書の一説。
杖先に魔力を集めるという基本動作。
杖が主の意思に呼応する。
変化は単純にして劇的だった。
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
アルバスの周囲の魔素が濁流と成って、角先へと集約される。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
集められた魔素は瞬間的に魔力へ変換され、激烈に周囲を照らす魔力光を生み出した。
「ギャガヤガヤ!」
「キャキャッ!?」
「キィウアハバ!」
光に魔物達が目を剥いた。
「ハクア」
アルバスはハクアを抱く腕の力を強くした。
彼女の息づかい以外の音が彼の耳から居なくなる。
分からない。結局、血に魔力が宿るとは何なのか。
一族の者が、魔法使いが、鬼が当たり前に言う感覚をきっと永遠に理解できない。
だが、白晶の杖、その先に今、確かに魔力が集まっている。
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
魔石が体に広がる。魔力の証たる結晶がアルバス達を包み込んだ。
「やって、アルバス」
杖先の魔力光が角落市の会場を照らした。
その光の中、アルバスはヴェルトルの姿を見た。
会場を見渡せる高い位置。そこに居た大魔法使い。
爛れた引き攣り笑い。その目が見開かれている。
「放て」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!
放たれたのは誰もが放てる魔弾。
その威力は込められた魔力量に依存する。
放たれたその魔弾は一条の光と成って魔物達を消し飛ばした。




