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47 角折と祝福

 刃を振り下ろさなければならないのはアルバスだった。


「……僕で、良いの?」

「あなたが良いの」


 それ以上の言葉は要らない。

 これ以上の言葉を吐けない。

 アルバスの右手がハクアの左の角を掴んだ。

 水晶の様に美しい白角。ホウホウと光を放ち、見た目よりも暖かかった。


「!」


 その瞬間、アルバスの全身に何かが流れ込んだ。

 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!

 右腕に鱗状の魔石が生える。

 何だこれは? この感覚をアルバスは知らない。だが、これはハクアの魔力だと、角に蓄えられていた魔力が流れ込んでいるのだと体で理解する。

 痛みは無い。アルバスの血は魔力を溜め込めない。アルバスの体を流れたハクアの魔力が皮膚の上で結晶化しているだけだ。

 結晶化したアルバスの様子に檻の周りで魔物達が慄き、爪と牙が止まる。

 視界の端でその様子が見て取れる。だが、それに割ける意識が今のアルバスには無かった。

 見るのはハクア。自分の角を掴ませ、ジッとこちらを見る彼女の瞳。

 恐怖すら覚える程の強烈な意思がその瞳の奥にあった。


「やってアルバス。一緒にわたしも力を込めるから」

「……分かった」


 最後にアルバスは息を吐いた。


「「!」」


 躊躇ってしまったらもう動けなくなると分かっている。だから、アルバスは力の全てを角折りに込めた。

 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!

 角は硬い。けれどアルバスに魔力が流れる程に、その強度が少しずつ弱まっていく。

 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!

 角に罅が入っていく。


「あぁっ! っい!」


 ハクアの体がビクリと跳ねた。無理矢理角を折られるというのはどれ程の痛みか。骨を折る様な痛みなのか、それとも眼窩を抉る様な痛みなのか、アルバスには分からない。

 だが、呻き声を出しながらもアルバスと一緒に角折りを為さんと力を込めるハクアの様子に、アルバスの手が止まりそうになった。

 痛いのだろう。苦しいのだろう。辛いのだろう。止めてしまいたいのだろう。

 痛いと言ってくれ。苦しいと言ってくれ。辛いと言ってくれ。止めてと言ってくれ。

 そうしてくれれば、アルバスの手は直ぐにでも止まるだろう。止める事ができるだろう。

 けれど、ハクアの口からその言葉は出ない。


「緩め、ないで。そのまま、力を込めてっ。アルバス!」

「分かってる!」


 むしろ、力を緩めそうになるアルバスの手にハクアが叫ぶ。

 分かっている。時間を掛けたら苦痛が伸びるだけだ。この苦痛を少しでも早く終わらせる事だけが今アルバスに出来る全てだった

 体の痛みを忘れ、アルバスは全身を使って力を込める。助けたかった少女へ、傷付けたくなかった少女へ、消えぬ傷跡を残そうとして。

 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!

 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!

 角が軋み、アルバスの体中に魔石が広がる。


「っ! ぁ!」


 痛いのだろう。苦しいのだろう。辛いのだろう。


「力をっ、アル、バス!」

「ハク、ア!」


 アルバスの手をハクアの手が押さえている。

 緩めるな。このまま、角を折れ。

 強いる少女の意思にアルバスは逆らえない。

 だから、二人の力は緩まらなかった。


「ハクア、ハクア!」

「アル、バス! アルバス!」


 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!

 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!

 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!

 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!

 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!

 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!

 アルバスの耳にはもうハクアの声と罅が広がる音しか聞こえない。

 魔石がもう顔のところまで到達している。そんな事はどうでも良かった。

 思うのは一刻も早くハクアの苦痛を終わらせる事だけ。


「あああああああああああああああああ!」


 そして、その時は訪れる。

 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキイイイイィィィィィィィィイイイイィィィィィィィィイイイイィィィィィィィィイイイイィィィィィィ!

 ハクアの角の根元。そこに今までで一番深く罅が入った。

 ハクアの手から力が抜けた。


「アル、バス。おね、がい」


 苦痛に歪んだ顔で、それでも瞳は美しいままで、アルバスが助けようとした少女は、アルバスが傷付けたくなかった少女がこちらを見る。

 瞳は雄弁だ。後はあなたがやれと、あなたにやって欲しいのだと告げている。


「……」


 アルバスはハクアの左角を握り直し、もう一度息を吐いた。


「……いくよ」

「うん」


 後悔、謝罪、決意、挫折。色々な想いを込めて、アルバスは力を込めた。

 パッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 そして、角が折られる。

 甲高い音が響き渡った。

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