41 ちぐはくと嫌がらせ
「おお、おお、本当に角落市に来てやがるなぁ。しかも、三角帽子にローブかぁ。杖無しの分際で恰好だけはちゃんとしてるなぁ」
「ヴェルトルっ」
顔の半分が爛れた大魔法使いが立っていた。
アルバスはハクアを隠す様に前に立ち、黒石のナイフを構えた。
「おーおー、騎士気取りかぁ? かっこいいじゃねえかぁ。おとぎ話の英雄に憧れたのかぁ? 分かるぜぇ、格好いいもんなぁあいつらぁ」
背後のハクアが震えている。
一体この男に何をされたのか。どうしてここまで恐怖しているのかには分からない。
しかし、恐怖しているという事実は明白で、ならば助けなければならない。
ヒヒッ。ヴェルトルの顔半分は笑ったままだ
アルバスの何がそこまで面白いのか、右手の杖を回し、こちらをジッと見ている。
「……ヴェルトル、何で角落一座のお前が、角落市を潰した?」
アルバスの質問に、ヴェルトルがクルクルと杖先を回し、眼を細める。
時間稼ぎだ。ヴェルトルにはバレている。アルバスにも分かっていた。相手は歴戦の大魔法使い。アルバスとは生きて来た経験が違う。
それでも、ヴェルトルは質問に答えた。
「壊すなら派手にやるのが良いだろぉ。それが理由さぁ」
「壊す? 角落市に恨みでもあったのか?」
「恨みなんてあるわけないだろぉ」
「じゃあ、何でだ?」
「角楽一座は変わっちまったぁ。なら、引導を渡してやるってのが人情だろぉ」
「……僕達をここから逃がせ。角落市は終わりだ。もうハクアを解放して良いだろ?」
息を整え、踏み込みの準備をする。ヴェルトルは数歩先だ。全力で動けば一息と掛からず届く距離だ。
パチクリと演技臭くヴェルトルがまばたきし、そのまま、ニタリと唇を左半分つり上げた。
「何だお前ぇ? 魔隷角の姫と逃げる気かぁ? 守る気かぁ? 助ける気かぁ?」
「そうだ。僕はハクアを助ける。そう決めた」
ヒヒヒヒッ。喉を奥からヴェルトルの笑い声が響いて、それはピタリと止んだ。
「お前じゃ無理さぁ。杖無しアルバス」
瞬間、アルバスは倒れる程に身を低くしてヴェルトルへと踏み込んだ。
「おっ?」
ギリギリまで体を低くした。ヴェルトルの視界から一瞬消えた様に見えた筈だ。事実、その杖先はアルバスを捉えられていない。
「くらえ!」
身を低く、そして最速最短でアルバスはナイフを突き出す。魔法使いの体は脆弱だ。ナイフ一品でも刺されば鬼の様には動けない。
手に馴染んだ黒石のナイフ。これが刺さればまだ勝ち目があった。
「キィイアアアア!」
「!」
けれど、その刹那、廊下脇から現れた魔猿がアルバスとヴェルトルの間に割って入る。
渾身のナイフは魔猿の腹へと突き刺さり、ヴェルトルには届かなかった。
「捕まえろぉ」
「キイイアアアアアアアアイキイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ヴェルトルが号令を出す。すぐさま部屋になだれ込んだ十数体の魔猿にアルバスとハクアは地面に押さえつけられた。
「残念だなぁ。弱いお前じゃ救えねぇ」
弱い。弱い。弱い。侮蔑の声をヴェルトルは出した。
楽しい様にも嬉しい様にも、そのどちらでもない様にも聞こえる声は不快で、アルバスは歯を食いしばる。
「お前、何がしたいんだっ? 僕達に、ハクアに、何がしたいんだっ!?」
首だけを動かして、アルバスはヴェルトルを睨み上げた。
ヒヒヒヒヒヒヒヒッ。ヴェルトルは笑う。変わらぬ笑い方。だけれど、アルバスには無表情の片側の方が何故か目に付いた。
「俺はなぁ、お姫様一人なら逃がしても良かったんだぜぇ。角落市を潰すのに役立ってくれたからなぁ。それくらいの礼はしても良いって本気で思ってたんだぁ」
ヴェルトルの無感動な眼がアルバスとハクアを見る。
「本当だぜぇ。逃走経路だって用意してやってたんだぁ。少なくともあの鉄カビ臭い町までなら連れて行ってやろうって寛大な心で思っていたのさぁ。杖を掲げて誓ってやっても良いぜぇ」
「なら、──」
「──でもよぉ、何かよぉ、杖無し風情がお姫様を助けようとしてるじゃねえかぁ。それがムカついてなぁ」
ピクリとも動かない片側の眼がゾッとする程冷たくアルバスを見下ろす。
「嫌がらせだよぉ、杖無しアルバス。弱いお前じゃ何の願いも叶えられないって大魔法使い様からのありがたい教育さぁ」
爛れた右側の狂気の眼と凍り付いた無感動の眼。その二つはあまりにもちぐはぐで、アルバスの背筋は冷たくなった。




