39 地獄と逃げ道
アルバスがハクアに連れられて入ったのは大屋敷の三階の一室だった。
「ここは?」
「わたしが運ばれてた部屋。ヴェルトルが防護と魔力遮断の魔法が掛けられてるって言ってたの。だから、魔物からもしばらくは大丈夫な筈なの」
「……じゃあ、とにかく、何が起きたのか考えよう」
窓の外、魔物達の大群は全てを飲み込んでいた。地を駆り、空を飛び、牙と爪が角落市を蹂躙していく。
角落市の為に急ごしらえに作ったのであろう庭園。そこに逃げていた鬼が魔狼に今まさに食われていた。
空を飛んで逃げようとした魔法使いが魔鳥に掴まり、爪で引き裂かれていた。
何が起きたのか分からず、恐怖のままに殺されていく。あれらはきっと大会館から逃げてきた者達だろう。
鬼、魔法使い、角落市の参加者、その運営たる黒服達、一切の区別無く、物言わぬ肉の塊へと姿を変えていく。
ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
大屋敷だって例外ではない。魔石を纏った怪鳥達が窓へ爪を突き立て、全身をぶつけ、壁を破壊していく。
「「「BOWBOWBOW!」」」
部屋の外では暴れ回る魔狼の声がする。
ハクアの言う通りならばこの部屋に居る限り、魔隷角の魔力は魔物達に感知されない。
魔物達が特別にハクアを狙う理由は無い筈だが、魔物達は無作為に目に付いた物全てを破壊しようとしている。ハクアが魔隷角であるかどうか等関係ないのだ。
魔物達の蹂躙はアルバス達が居る部屋とて例外では無い。
ピシリ、ピシリ。部屋の防護魔法が軋み、少しずつ砕ける音がする。
長くは保たない。アルバス達が望むよりもずっと早く防護の魔法が壊れてしまい、魔物達に見つかってしまうだろう。
「何が起きたんだ?」
魔物達は明らかに何かしらの魔法に掛けられている。でなければ、種族も問わずに一団と成る筈が無い。
「この魔法は何だ?」
「……あれはヴェルトルの魔法だと思う。見た事があるの。人や魔物をあの男は操るから」
「でも、どうして? 何で角落市を襲わせてるんだ? ヴェルトルは角落一座の仲間の筈だろ?」
「ごめんアルバス、本当に分からないの」
ハクアが首を横に振った。そうだ、意味の無い質問だ。
ヴェルトルが何を考え、何故、角落市を襲ったのか。そんな事は考える事すら無駄だ。今、アルバス達は今危機に瀕しているのだ。
異常事態が起きている。それこそが重要なのだ。
角落市にとってもこの自体は想定外だったに違いない。
角落一座は世界に名を轟かせていて、角落市はその中で最大規模のしのぎの一つである。
集められた顧客達は裏社会のVIP。それらが魔法使いと鬼、男と女区別なく、魔物達に蹂躙されている。
世界中から集めたという客を殺す理由が角落一座には無い筈だ。
異常な事で、きっと何かしらの理由はあるのだ。けれど、その理由が分かったとしても、ハクアを助けられる訳では無い。
思考を切り替えなければ成らない。無駄な事を考えられる余裕は無いのだ。
魔物達の数は未だ増え続けている。まさか、狂鳴の森中の魔物を集めたのかと錯覚する程の密度で、魔石を纏った獣達が視界一杯に広がっていた。
「……だから、森が静かだったんだ。空で僕達を襲わせたのもヴェルトルか」
理由は分からない。しかし、狂鳴の森の魔物達の相当量、もしかしたらその全てをヴェルトルは手中に収め、蹂躙劇を開いたのだ。
アルバスはローブの中を見た。できるだけの道具は揃えた。逃走用の道具として用意できる最高の装備だ。
「どうすれば?」
しかし、残る道具を総動員したとしても魔物の数が多過ぎる。窓の外を見れば今も数を増している様だ。
この魔物の群れの中を突っ切るのは無謀である。
「ハクア、地下通路とかの逃げられそうな道があるかは知ってる?」
「ごめんなさい。知らないの。この部屋にすぐに連れて来られたから」
「そうだよね。うん。そうだよね」
隠し通路があったとしてハクアに教える理由が無い。今、アルバス達が見つけられるとも思えなかった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOO!」
ダァン! ダァン! ダァン! また数体の怪鳥が窓の外に現れ、執拗に防護魔法を攻撃する。
先ほどの魔狼と同様にハクアの魔隷角を狙ったわけでは無い。ただ、この大屋敷を破壊する。その為だけの攻撃だ。
加減を忘れた爪と翼は壊れ、骨が飛び出ている。
正気を失った眼の魔物達。自身の怪我すら厭わず、命すらも顧みず、蹂躙という命令を達成すべく動き続ける。
ピシリ、ピシリ、ピシリピシリ。防護魔法が軋んで、部屋が揺れた。
「……どうする?」
アルバスは三角帽子を深く被り直した。この地獄から逃げ出せる方法が思いつかない。
あまりにも魔物の数が多い。加えて、魔物達は全て狂っていて、乱れていて、それでも統率が取れていた。
このままでは犬死にだ。ハクアも助けられず、二人で魔物に食われるだけだ。




