35 鳥籠と少女
***
「来た」
ハクアが運ばれてきたのは空が赤く染まる直前だった。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
大会館を歓声が揺らす。喜色の声だ。ハクアと言う存在の登場に誰もが興奮を隠さない。
鳥籠の様な檻に入れられた彼女は白い服を着せられ、眼を伏せたまま座っていた。
ホウホウとその角が光っている。
今、ハクアがどんな表情をしているのか? 彼女は俯いているし、この距離からでは分からない。だけど、アルバスがしていて欲しい表情で無いだろう。
「──! ────!」
ハクアの入った鳥籠の脇で、司会らしき赤鬼が何かを言っている。大仰に手を振ったパフォーマンス。きっと、ハクアがどの様な商品かを説明しているのだ。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
客達の歓声は強くなる一方だ。それ程までにハクアが、その頭に生えた魔隷角が欲しいのだろう。
良い杖が欲しい。その気持ち自体はアルバスにも分かる。魔法使いにとって杖とは希望だ。鬼の角は最上級の杖の素材だから、良い角を求める気持ちも分かる。
だが、それは適切な手続きを持って入手された角で無ければならない。
ハクアは俯いたままピクリとも動かない。恐怖なのか絶望なのか表情を見ることもアルバスには出来なかった。
黒服達も角落市の目玉の様子が気に成るのか、会場の中へ目を向けている。全ての人間の視線はハクアに向けられていて、誰もこちらを見ていなかった。
「今、か」
アルバスは立ち上がり、弓に矢をつがえた。矢先に爆光苔を染み込ませた布を巻いている。
狙うのは壇上。ハクアが囚われた鳥籠の屋根。距離は少し遠いが、幸い鳥籠は大きい。きっと当てられる。
アルバスはハクアを見付けた日の事を思い出した。あの時もこうして弓を構えていて、彼女を救わんと矢を放ったのだ。
「いけ」
弦を限界まで引き絞り、矢が放つ。
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン! カッ!
弓なりの軌道を描き、風切り音を立てながら矢は狙い通り、鳥籠の屋根を打った。
ピカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
瞬間、布に染み込ませた爆光苔が激烈に発光する。
キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
魔物の視界すら奪う光は外にまで届き、会場に悲鳴を轟かせた。誰もが欲望に塗れた眼でハクアを見ていた。見開かれた瞳孔に爆光苔の光が突き刺さる。
「シッ!」
アルバスは鉤縄を伝って地面へと一気に飛び降り、一気に走り出す。
それと同時に鈍色の煙玉を入り口で混乱している黒服達へ投げ付けた。
ドル特製の煙球。それは圧縮されていた鉄カビで出来ていて、衝撃で爆発した。
ボフン! 一帯を包む赤黒い煙が黒服達の視界を奪う。
「なんだ!? 何が起きた!」
「くそっ! 眼が見えねえ!」
その横をアルバスは駆け抜けた。
戦う気は無い。ハクアを助ける。それだけに集中した。
混乱する大会館、鳥籠の屋根が傘と成っていたハクア以外の誰もが眼を押さえていた。
三角帽子の魔法使いが疾駆する。その視線は囚われた鬼の少女だけを見つめていた。
「アルバス?」
ハクアがアルバスの存在に気付く。
「なん、でっ」
壇上に跳び上がったアルバスの姿にハクアが悲鳴の様な声を上げた。その顔が歪む。決して喜んでいない。
アルバスは返事をしない。時間が無い。探すべきはハクアを檻から出す方法だ。
すぐ近くに居た巻角の赤鬼が壇上に上がったアルバスの存在に気付いた。
「お前、誰だ!?」
鬼は未だ眼を押さえている。時間は無い。檻の鍵が見つからない。ならば、壊すしかなかった。
「離れて!」
アルバスはローブから取り出した火粘土を鍵穴へねじ込み、火打石を投げ当てた。
バアアアアアアアァァン!
火花を浴びて火粘土が爆発し、鳥籠の鍵を破壊する。
焦る。巻角の赤鬼には自分の存在が気付かれている。今すぐこの場から逃げなければ。
「ハクア! 逃げるよ!」
「え、え、え?」
アルバスはハクアの手を取り、返事を待たずに走り出した。




