32 光と操作
「うちの愚兄が世話に成ったな」
「……兄ぃ? どいつの事だぁ?」
ヴェルトルの爛れた半面が眉を顰める。
本当に何を言っているのか分からないと言った態度だ。大魔法使いにとってあの杖無しは路傍の石ころ同然で記憶に残す意味も無い。
その感覚が分かってしまう。そんな自分にルビィは苛立ち、言葉を続けた。
「あの杖無しだ。白い髪で、この森に暮らしていた、杖無しの事だ」
「おおぉ? あの杖無しがお前の兄ぃ? おいおいぃ、ってことはあいつサングイスの一族なのかよぉ。かの有名な最年少魔法使いの兄様があんな落ちこぼれだとはなぁ!」
ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! おかしいおかしいおかしい! ヴェルトルが笑い、ルビィは杖を向けた。
「ファイアアロー」
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン! 風切り音と共に放たれる百数本の炎の矢。刹那の間にヴェルトルへと到達する。
が、ヴェルトルの杖が光った。
「止まれぇ」
その光を浴びた炎の矢群の全てが停止し、魔素と成って周囲に四散する。
まただ。先程と同じだ。ヴェルトルの光はルビィの炎すらも操れるらしい。
「先輩にいきなり攻撃とは舐めた後輩じゃねぇかぁ。そんなにあの杖無しが大事なのかぁ?」
ヒヒヒヒ。愉快そうにヴェルトルが笑う。
「うるせぇ。そんな筈があるかよ」
あの杖無しが大事? 大事である筈が無い。
ルビィは鼻で笑う。自分達サングイスの一族はあの杖無しを捨てたのだ。そんな者達がアレを大事にしている筈が無い。大事だと言って良い道理は何処にも無かった。
「だが、あいつはサングイスの一族だ。アタシが背負う一族の一員だ」
ルビィは道理を探す。眼下の大魔法使いへ杖を向けて良い道理を。
「お前はうちの一族に手を出したんだ。落とし前は付けてもらう。それだけだ」
「ヒヒッ。俺としてはさっさとここから離れて欲しいんだがなぁ」
話はそこまで二人の大魔法使いの眼が細められる。
先に仕掛けたのはルビィだった。
ゴォ! 全身を炎で包む。背後に炎で象られた不定形の魔方陣を作り出す。ルビィが編み出した全力の戦闘形態だ。
その魔方陣から大量の炎弾がヴェルトルへと射出された。
「撃ち落とせ」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
「すげぇなぁ。将来有望だねぇ」
対してヴェルトルの動きは静かだった。
浮遊した体を木の葉の様に揺らして、炎弾へ光を放つ。
「跳ね返れぇ」
ヴェルトルの命令通り、光を浴びた炎弾は動きを逆転させ、元来た経路を辿り返った。
無尽蔵に放たれる炎弾と無制限に跳ね返る炎弾が無数の衝突を引き起こした。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
爆風が狂鳴の森の木々を薙ぎ倒す。しかし、大魔法使い達はそれぞれが魔力障壁を貼り、その場から微動だにしない。
まずいな、とルビィは冷や汗を流した。ヴェルトルとルビィとでは相性が悪い
魔法使い同士の戦いは本質的に得意分野の押し付け合いである。
ルビィの得意分野は力押し。純粋な魔力量勝負にもつれ込ませたい。
対してヴェルトルの得意分野は操作だった。どれだけ魔力を込めても、炎自体を操られてしまえばルビィの魔法は届かない。
戦う分野が全く違う。加えて、自らの土俵に相手を引き摺り込むのはヴェルトルの方が上手だった。
「攻めは終わりかぁ? んじゃ先輩の手本を見せてやるよぉ」
「!」
指揮棒の様にヴェルトルが杖を振るった。瞬間、森から大量の魔鳥が再び現れ、ルビィへと飛んでくる。
こちらの炎を操りながらまだ魔鳥を操る余力があるとは。敵の魔力変換効率は自分よりも遥か上の様だ。
「撃ち落とせ!」
「跳ね返れぇ」
ルビィは背後の魔方陣から大量の炎弾を放つが、それらはヴェルトルの光一つで魔鳥にすら届かず、主へと反逆する。
「「「キアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!」」」
魔鳥の群れにルビィは呑まれた。嘴と爪がルビィの防護魔法を切り裂かんとする。
「シールド!」
周囲を防御魔法で覆いながらルビィはホウキを走らせ、群れから逃れる。
魔鳥の嘴と爪、一つ一つは大した威力では無い。だが、数に任せた膨大な衝撃が防御魔法に罅を入れている。
何度も耐えられる物では無い。魔鳥を振り切る様にホウキを操り、ルビィは思考する。
根本的に相性が悪い。
ルビィは力比べをしようとしているのに、ヴェルトルによって強制的に技術比べに引き込まれている。
このままやってもジリ貧だった。




