31 炎と天蓋
「しつっこいっての!」
ホウキを旋回させながらルビィは紅玉の杖を振るう。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
脳内で思い描いた通りに炎が生まれる。想像だけで魔力を炎に変換できる。これがルビィの特異性だった。
「「「「キィエエェェエエェェエエェェエエェェエエェェエエェェエエェェ!」」」」
予兆も無く生まれた炎のヴェールが魔鳥ごと空を焼いた。
バラバラと、炭と成り、砕けながら魔鳥の群は落ちていく。
けれど、ルビィの顔は険しいままだった。
「まだ居るの!? 多過ぎじゃない!?」
「「「「キィアエエェェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」」
燃やしても燃やしても、魔鳥の数が減らなかった。
眼下の狂鳴の森から矢の様に嘴をこちらへ向け飛んでくる一団。一体一体がルビィよりも大きい。
身体強化の魔法は掛けている。数回ならば嘴と爪に耐えられよう。だが、それが十回、百回と成った時、耐えられるかは分からない。
魔法使いの体は脆弱なのだ。
「キィアアエアアア!」
「キアアエィアアア!」
「キイイイイイイイ!」
「うるっさいわね!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
苛烈にルビィは炎を振るう。魔鳥達はまるで王国のホウキ兵の様に隊列を組み、最大限効率化された動きでルビィを責め立てる。
速度も異常だった。どう考えても本来出せる性能を超えて羽ばたいているから、翼はあちこちが折れ、一匹一匹と力尽きた者から地面へと落下していく。
魔法を掛けられている。では何の?
「狂化? 支配? 魅了? いや、どうでも良い!」
分かったからと言ってルビィにできる事は少ない。ホウキで飛びながら打ち消しの魔法を使うなんて芸当はできない。ならば、このまま魔鳥を燃やし尽くす事を考えた方が合理的だ。
ルビィは自身の得手不得手を深く理解している。細かい技能を自分は使えない。できるのは有り余る魔力をふんだんに使った魔法の行使だけだ。
「「「「キィエエェェエエェェエエェェエエェェエエェェエエェェエエェェ!」」」」
魔鳥達がルビィを追う。
直線の速さはルビィが上。けれど曲線の滑らかさでは敵わない。
見る見るとアルバスを下ろした場所から離されていく。意図が伝わる。この敵はルビィを引き離したいのだ。
敵の技能は明らかにルビィより上。だから、アルバスとの距離がどんどん離されていく。
それにルビィはキレた。
「森ごと燃やし尽くしてやる」
炎弾を放ちながら、一気にルビィは上方に飛び、魔鳥達の上を取る。その勢いのまま、杖を掲げ、一気に魔力を放出した。
「インフェルノ」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
現れたのは炎の天蓋。
狂鳴の森を焼き尽くす獄炎。
逃げ道は無い。炎の空が落ちてくる。呑まれた魔鳥が狂い死んでいった。
「全部燃やしてやる」
しかし、狂鳴の森に到達するまで後一歩、目に見えたほとんどの魔鳥を殺したその瞬間、ルビィは眼下の森から放たれる光を見た。
「!」
続いて見る。光が当たった獄炎が急速に萎み、一つの炎球と成ってこちらへと放たれた。
それをルビィは一気にホウキを走らせる事で回避した。
「何だ?」
何が起きた? 自分の炎自体を操られたのは初めてだ。未知の攻撃にルビィは紅玉の杖を握り直す。
答えは直ぐに現れた。
「……おいおいぃ、俺の角落市を台無しにする気かぁ? 灰燼の魔法使い、ルビィ様よぉ?」
泥と闇を煮詰めた様な声がした。
眼下。燃やし尽くす筈だった狂鳴の森。そこに浮く魔法使いの姿があった。
爛れた左半分を笑わせ、無事な右半分は氷の様に無表情。道化師を思わせる不気味な男がこちらへ杖を向けている。
その特徴をルビィは知っていた。
「お前、調律の魔法使い、ヴェルトルか。良く、アタシを知ってるな」
「そりゃ、俺が持ってた最年少大魔法使いの記録を破ったのはお前だからなぁ。先達として興味はあるさぁ」
そこに居たのはルビィの前の最年少大魔法使い、ヴェルトルだった。
ヒヒヒヒッ。引き攣り笑うヴェルトルの声が耳に届く。
この男が何かをしてルビィの獄炎を操ったのは確かだ。
それは問題だ。ルビィの誇りに関する大問題だ。看過できない。
けれど、それよりもルビィには眼下の大魔法使いに言いたい事があった。




