23 呪いと隷属
アカガネがニンマリと笑い、ハクアから一歩距離を取る。
そのまま、アカガネが期限良さそうに集まった黒服達を見て、一人の黒服を指さした。
「あ~、おい、そこのお前」
「私ですか?」
「ああ、そうだそうだ。ちょっと、この魔隷角を握れ」
「え?」
その言葉に指された魔法使いの男が眼を見開いた。
「いや、でもボス、そんな事したら」
「いいから握れ。お前、ついさっき魔隷角を捕まえる時、杖無しの魔法使いに一本取られたようじゃねぇか。やれ。それで許してやる」
「おいおい、ボスがくれた挽回のチャンスだ。勇気が出ないなら俺が魔法をかけてやろうかぁ?」
アカガネの言葉は有無を言わせない響きがあり、ヴェルトルの杖がその男に向けられる。
後は数秒の躊躇と一瞬の諦めだった。
魔法使いの男がゆっくりとハクアの前に来て、その角に手を伸ばす。
「両手でいけぇ、後少しだぁ」
ヒヒッ。囃し立てるヴェルトルの声。
ハクアの足が逃げ出そうと無意識に強張った。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。角をこんな者達に触らせるのは。
そう思ってしまう。鬼として父に教えられてきた。角とは神聖な物だ。この様な者達に触らせて良い物では無い。
しかし、逃げられない。周囲は黒服達に囲まれている。
ならば、せめて、悲鳴を上げてやるものかとハクアは自分の角を触ろうとする魔法使いを睨んだ。
そして、何度かの逡巡を経て、ハクアの角が掴まれた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
直後、その魔法使いが破れた!
腕、顔、体、至る所から血と共に魔力が噴き出したのだ!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
手、腕、肩、破れた箇所から魔石が鱗の様に生えていく!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
魔法使いは手を離そうとした。だが、魔石で固まった腕は角に固定され、動かす事すらできない。
「おー、すげえなぁ」
ヴェルトルの他人事の様な声が無情に響く。
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
たった数秒で、魔法使いの全身が鱗状の魔石に包まれた。
ポチャン、ポチャン。
叫ぶ声が消えた。その体から出る音は魔石の隙間から滴り落ちる血の音だけだった。
「死んだなぁ」
バキン! ヴェルトルがハクアの手を握ったままだった魔法使いの手を蹴り上げる。
衝撃で氷の様に魔石ごと魔法使いの腕は砕け、体は後方に倒れ、残る胴体もまた周囲へと砕け散った。
アカガネが眼を輝かせ、ハクアは物言わぬ体に成った魔法使いを見た。
「本物だな! 最高の魔隷角だ! しかも未折! これは高く売れるぜ!」
魔隷角、周囲の魔素を無制限に吸収し、集約する特性を持つ角。最高の魔力変換効率と魔力伝導率を持つこれは杖の最高峰の素材だった。
魔隷角とはこの特殊な角の名前であり、これを持って生まれた鬼達の総称である。
ハクアはそんな特異体質者だった。
砕けた魔法使いはハクアの角から流れ出した魔力に耐え切れず、こうして魔石に包まれたのだ。
「今でも俺は信じられないぜ! まさかこの年まで未折で、それが魔隷角だったなんてな!」
鬼の角は魔石の一種だ。そして、通常魔石の性質は不可逆的に決まっている。
だが、未折の角だけは違う。そこには誰の魔力も通した事が無い純粋な魔力が込められている。
まだ何にも染まっていない純白の魔力の塊。上手く角折りさえすれば、折った者が望んだ性質へと変化するのだ。
ハクアは未折の魔隷角。その価値は計り知れなかった。
「さすが角落市の目玉だ! おい! このお姫様を今度こそ逃がすなよ! 花の様に扱え! 角折りの権利を売り飛ばすまでだ!」
アカガネの笑い声が部屋に響く。
それを聞いてハクアは目を伏せた。
この角の所為で母は自分を産み落とした時に死んだ。父はそんな自分を連れ、各地を逃げ回っていた。
そんな父も数年前に魔物に食われて死んだ。
それからハクアは一人で逃げ生きて、こうして捕まったのだ。
ずっと逃亡の日々だった。心が休まる時など一度しか無かった。
その一度をハクアは思い出す。脳裏に過るのはアルバスの姿。
人生で初めて過ごした穏やかな日々。
事情も聞かず、自分を助けようと、守ろうとしてくれた少年の姿。
そして、傷つき、ボロボロに倒れた彼の姿。
「こんな角、無ければよかった」
小さく、誰にも聞き取れない小声で吐く。
角落市。ハクアの角折まで後少しだった。




