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22 未折と角


***


「……アルバス」


 ハクアはとある大屋敷、三階の一室の窓際に座り、夜明けの空を見ていた。

 ここは狂鳴の森の最奥だ。

 角落一座の魔法使いと鬼達がわざわざこの場所に大屋敷を建てたのだ。

 森に似付かわしくない大屋敷。建てた理由はとても単純で、この場所で角落市という名の醜悪なオークションが開催されるからだ。

 連れて来られる途中、そんな事を聞かされた。

 直ぐ先に迫ってきた絶望の未来を前に、ハクアの頭にあるのはアルバスの事だ。

 アルバス、アルバス、アルバス。目の前でボロボロにされた魔法使いの少年。


「痛かった、かな」


 血が出ていた。腕がおかしな方向に曲がっていた。

 何故、あの少年があれ程までに傷つかなければならなかった? 理由は明白だ。ハクアという鬼を助けようとしたからだ。

 縁もゆかりもない鬼を、彼にとって意味も価値も無い鬼を助けようとしたから、彼の骨は折れ、血は流れたのだ。

 脳裏にアルバスの姿が貼り付いていた。

 瞬きする度にその姿を思い出してしまう。


「はいはい、お姫様ぁ、お加減はどうですかぁ?」


 ガチャリ。ノックもせずに背後のドアが開けられる。

 爛れた左半分は笑い、右半分が凍てつく様な無表情、大魔法使いヴェルトルだ。


「元気かぁ? 元気じゃなけりゃ困るんだけどなぁ。こっちに顔をみせてくれよぉ」

「……」


 部下達を連れてこちらに歩いてくるヴェルトルへハクアは目を向けない。その視線はずっと窓の外だ。


「おいおい無視かよぉ。悲しくなっちまうなぁ」


 グンッ! ヴェルトルの手がハクアの頬を乱暴に掴み、ハクアの視線を窓から無理矢理自分へと動かした。


「おぉ、眼が充血してらぁ。寝てなかったなぁ? お前はオークションの目玉なんだぜぇ。身なりは整えてもらわねぇと困るなぁ」


 見開かれたヴェルトルの眼に自分の姿が映る。そこには光を無くした眼の鬼が居た。

 ぼんやりと考える。今ここで本気で腕を振り上げれば、ヴェルトルの腕の一本くらいならば壊せるだろうか。

 相手は魔法使いだ。これくらいの細腕ならば簡単に壊せる。


「……離して。痛いわ」


 そこまで考えても、結局腕は動かなくて、ハクアの口から出たのはそんな言葉だった。


「おっと、ごめんなぁ。大切な商品に傷なんて付けたらボスにお叱りを受けちまうぜぇ」


 ヴェルトルが手を離し、部下が差し出した服をハクアの前で広げる。


「流行りの服は嫌いかぁ?」


 多種多様な服だ。煌びやかな物もあれば、質素な物もある。どれも良い生地の物を使っている様だ。

 着ろ、と言っているのだ。角落一座が選んだ服に着替えろと命令しているのだ。


「……要らない」


 ハクアは着ている服の裾を握る。アルバスから貰った少し大きな魔法使いの服。今、ハクアが持っているあの家で過ごせた日々を形取る最後の物だった。


「わたしは、これが良い」

「駄目だ駄目だぁ。そりゃ魔法使いの、しかも男物の服だぁ。お前は穢れ無き未折の鬼だぁ。そうでないと高く売れねぇ」

「……」

「切り裂かれたいかぁ? 俺は別にそれでも良いんだぜぇ?」

「…………分かった」


 何処までも物扱いだ。ハクアは眼を伏せ、一番質素な白い服を指さした。


「素直な商品は大好きだぜぇ。今すぐ着替えろよぉ。お前に会わせるお方が居るんだぁ」


 ヒヒッ。配慮なのか、無駄に抵抗されたくなかったのか、女の黒服達を残してヴェルトル達が部屋を出て行く。

 遠ざかっていくヴェルトルの足音を聞きながら、ハクアは何の感情も動かさず、アルバスの服を脱いだ。




「おお、おお、おお! これが『魔隷角』の姫君か! 良くやったなヴェルトル! やはりお前に任せたのが正解だ!」

「お褒めいただき光栄だぜぇ、ボス」


 服を着終えて直ぐにその鬼は入って来た。

 赤銅色の捩じれた角。太い腕に太い胴に太い足。肌は傷だらけ。

 戦士として鍛え上げ、戦い抜いた鬼の姿だ。

 当代において最高峰の戦士を指す百鬼。その一人だとしても不思議ではない。

 そんな圧がこの鬼にはあった。


「ちょっと見せてもらうぞ」


 ハクアが三人くらい入れそうな程に大きな体を曲げ、捩じれ角の鬼が間近でこちらを見る。

 見られているのは角だ。

 ハクアの透き通る様な白い角を無遠慮に息が掛かる程の距離で観察されている。


「……よぉし。傷一つ付いてないな。未折の魔隷角。今回の角落市の目玉商品の謳い文句通りだ」


 やはり、だ。この者達は自分の角にしか興味が無いのだ。


「魔隷角、俺はアカガネだ。今回の角落市を任されている。移送中にお前が逃げたって聞いた時には冷や汗が出たぜ。上の奴らにバレたら首を落とさなけりゃならねぇからな」

「……離れて。息が当たって不快だわ」

「強気だな。嫌いじゃないぜ。そんな女の角を無理やり折るのは大好きだからな」

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