21 魔石と残光
*
「ねえ、ルビィ。本当にそう思う? 父様と母様が僕にこの家を与えたって」
「……そうでしょ? 杖無しのお前のために母様と父様がわざわざ魔力遮断を掛けてまでこの森に家を建てたのよ。一族の蔑みの目からお前を守るために。全く愛されてて羨ましいわ」
少しの沈黙を挟んで、ルビィが言った。アルバスは天を仰ぐ。
「……ただの追放だよ」
「何?」
朝焼けの空。思い出した追放の記憶。ルビィの言葉。連れて行かれたハクア。アルバスの感情が動き出す。ルビィの声に引き摺られ、悔恨から激怒へと変化して。
「一度としてお前達が僕を助けてくれた? 一度としてお前達が僕を救ってくれたの?」
空から地へ、森の木々を見る。
「年に数回金を空から落としただけじゃ無いか。こんな何も無い森でさ」
あの雨の日を思い出す。
銀貨を詰め込んだ麻袋を落とすだけ。それが一族の者がこの十年アルバスにしてくれたただ一つだった。
一度として一族の誰かがアルバスの様子を見に来た事は無い。
まだ小さかった、今の半分くらいしか背丈が無かった頃に捨てられたのだ。
恐怖に怯え、泣き腫らした夜が記憶を巡る。
幼い頃のアルバスが叫んでいた。あの日々が愛であったというのかと、ルビィを糾弾しようとする。
激怒に駆られた体が藻掻く。
しかし、浮かされたままで何もできなかった。相手は魔法が使える一族の希望。杖無しの自分が何をしたところで届かない。
そんな事分かっているのに手はがむしゃらに伸びていく。
「うるさいな! 良いからアタシの質問に答えろ! アルバス、お前に何があった!? その胸にある鬼の魔力が関係しているの!?」
「!」
叫び返されたルビィの言葉にアルバスは眼を見開いた。
「鬼の、魔力?」
言葉の意味が理解できなくて、言われるままにルビィの杖が指した場所を触った。
カチャリ。何かの音がした。
何が入っている? アルバスは痛みの中で思い出しながら、それを胸元から出した。
そこにあったのはハクアに渡す筈のツノアカリだった。
アルバスが初めて誰かの為に何かを買った贈り物。それが胸の中で音を立てたのだ。
「光っ、てる?」
ツノアカリがホウホウと光っていた。
アルバスの頭から怒りが消えた。
「……何で?」
ツノアカリは魔石から削り出され作られる。鬼や魔法使いが触れている間だけ発光する。ただそれだけの装飾品だった。
これが何故、光っているのか。
これを何故、ルビィがこれを関知できたのか
誰がこのツノアカリに魔力を込めた? アルバスの胸元に入れていたこの装飾品に。
痛みの記憶を掘り起こす。
仰向けに倒れた自分を守る様にハクアが覆い被さっていた。
胸元にかかった重みを覚えている。ハクアはアルバスを強く抱き締めていた。
アルバス以外でツノアカリに触れたのは、触れられる可能性があったのはハクアだけった。
体の痛みを無視してアルバスはツノアカリを掲げた。
そして気づく。ツノアカリは特定の方向に向けた時にのみ、その光を強くした。
「それよ。そのツノアカリよ、アルバス。残滓だけでも伝わるわ。お前、何に手を出したの?」
「……ルビィが言ってたのは角落一座の事じゃないのか?」
「角落一座!? そんな物にまで手を出したのアルバス!? 何を考えてるの!?」
感情を荒げるルビィへアルバスは眼を向けられない。その眼はツノアカリの輝きに囚われている。
このツノアカリに魔力を注いだのは、注げられたのはハクアだけだ。
ツノアカリは触れている時にだけ発光する筈だ。だが、今、このツノアカリは輝いている。
それが一体何を意味するのか?
「……ルビィ、このツノアカリの魔力はある鬼の物だ。彼女は服越しにこれに触れている。この現象が何か知ってるか?」
思考を回す。今まで読んできた杖に関する文献を片っ端から思い出す。
魔石が加工された装飾品を、触れただけでしばらくの間光らせる。それも服越しという条件で、
そんな特別な鬼の名前に心当たりがあった。
アルバスが答えに行きついたのと、ルビィが目を見開いたのはほとんど同時だった。




