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19 灼髪と紅玉

「おい、ねえ、アルバス、生きてるの?」


 アルバスの目を覚ましたのは、白んだ空の明るさと耳障りな少女の声だった。

 不快さを露わにアルバスは瞳を開ける。その視界いっぱいに深紅の髪をした少女の顔があった。

 二房にまとめた灼髪が鼻先にかかる程の距離にある。髪を伝う様に見ていくと大きな紅玉の瞳にはアルバスの顔が映っていた。

 アルバスはこの少女が誰か分からなかったが、二房にまとめられた灼髪を見て正体に気付く。


「…………………………ルビィ?」

「何があった? 何でお前の家が燃えているの? アタシに教えなさい」


 ルビィ・サングイス。アルバスの実妹にして史上最年少で大魔法使いに選出され、没落寸前だったサングイスの一族を救い上げた、一族の誇りたる少女がそこに居た。


「王都での任務は、どうしたの?」


 ここには居ない筈だった。王都の第一ホウキ隊にまで上りつめたこの少女は常日頃、魔物討伐の任務に付いている。つい先日だって竜の討伐に向かっていた筈である。

 その少女が狂鳴の森に来ている理由が無い。

 アルバスに浮かんだ。当然の疑問にルビィは苛立ちを露わにした。


「どうしたのアルバス? 耳まで無能になったの? 杖無しが大魔法使い様に意見するなんて。それとも兄だからって妹に意見が言えるって思ったの?」


 こっちの質問に答えろ、と紅玉の瞳が要求する。杖無しから見れば大魔法使いはそれこそ雲の上の様な存在だ。魔法使いの常識で考えるなら従うべきだろう。

 けれど、その要求を無視して、アルバスは起き上がった。


「何も無い、か」


 周囲を見る。焼け落ちた家、風で揺れる木々、何処を見てもあの美しい角を持つ鬼の姿は無かった。

 最後に見たハクアの姿が眼の奥に焼き付いて離れない。絶望と謝罪の涙、あれを見たのは二回目だ。

 もしかしたら、何処かに隠れているのかもしれない。絶対にありえないと分かっている妄想に縋り、アルバスは体に力を入れて立ち上がった。

 ズキズキズキズキ。息を吸うだけで背中が痛い。 折れた骨には力が入らない。少しでも角度を間違えたら激痛が走る。立ち上がるのにいつもよりも何倍も時間が掛かった。


「アルバス、立ち上がるな。骨が折れてる。痛覚軽減も使えない杖無しが動かないで」


 ルビィの忠告は頭に入らない。

 アルバスは周囲を見る。焼け落ちた家、風で揺れる木々、やはり何処を見てもあの鬼の少女は居なかった。

 体を襲う痛みと悔しさでアルバスは震えた。

 ハクアが連れて行かれてしまった。何もできなかった。

 ハクアの泣き顔、アルバスへ謝る声。最後の記憶が心を捩じる。

 悔しくて、痛くて、倒れてしまいたくて、アルバスは自然と胸を押さえていた。


「フロート!」


 突如アルバスの体が浮き上がった。背後からルビィが浮遊魔法を掛けたのだ。


「杖無しアルバスっ、アタシを無視するなっ」


 ルビィの眼にあるのは憤怒だった。彼女の瞳と同じ紅玉の杖先には魔力が集まり、今にも爆発してしまいそうに成っている。


「魔力の痕跡で分かるわ。お前、とんでもない奴に手を出したんでしょ」


 アルバスでは感じ取る事もできない魔力の残滓へルビィは不快そうに怒りの炎を燃やす。

 ルビィの声は苛烈だ。それでも、アルバスはルビィへ目を向けない。思考にあるのはハクアの事だけだった。

 今頃、ハクアがどんな目に遭ってしまっているのか。角狩りは容赦が無い。角落一座はその中でもとびっきりだ。

 ハクアが角落市の目玉だと言っていた。彼女を文字通り買おうとする者達が居るのだ。それは善人などでは無く、どす黒い、人を人と思わぬ連中だ。

 そんな者達の中にハクアが連れて行かれてしまった。自分の弱さがこの事態を招いたのだ。自分が強かったら、杖無しじゃなければ、もしかしたらハクアを助けられたかもしれない。

 悔しくて、悲しくて、痛くて、胸を押さえる力が強くなっていく。


「舐めるなよアルバス。夜を徹してホウキで飛んできた大魔法使い様の質問を無視する気?」


 二房の髪が逆立っている。憤怒のままにこの森を燃やしてしまいそうだ。

 その怒りも今のアルバスには届かない。

 けれど、次に続いたルビィの言葉にアルバスの感情が一度停止した。


「この家は哀れな杖無しのお前に父様と母様が与えくださった物よ。ここで一生慎ましく生きていく筈のお前が何に関わったの? 教えなさいよっ!」

「与え、くださった?」


 自然と視線は焼け落ちた家へと向く。

 ハクアが来るまで十年間たった一人で暮らしてきたアルバスの家だ。

 確かに、この家はアルバスの父と母がサングイスの一族に作らせた物だ。

 確かに、この家はアルバスのために作られた物だ。

 確かに、この家はアルバスが父と母から与えられた物だ。


「ルビィ、お前は本気でそう言ってるのか?」


 しかし、アルバスはルビィに聞き返す。

 今の言葉が信じられなくて、信じたくないという想いすらあった。

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