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18 靴底と謝罪

「ハクア、今から僕はあいつに突っ込む。その隙に逃げるんだ。良いね?」

「だ、だめ。アルバス、ぜったいにだめ」


 ハクアの言葉を無視してアルバスはナイフの柄を強く握り締め、息を吐く。

 チャンスは一度……も無いかもしれない。

 だが、助けると決めたのだ。

 ならば、助けなければ。


「シッ」

「ん?」


 出来得る限りの速さでアルバスは走る。ヴェルトルは一拍遅れてそれに気づいた。

 大魔法使いは身体強化魔法を発動していない。ならば、このナイフも刺さる筈だ。

 一縷の望みだ。魔法使いの体は鬼と違って脆弱だ。ナイフさえ刺されば、もしかしたらヴェルトルを倒せるかもしれない。


「止まれぇ」


 けれど、アルバスの決死の突撃はヴェルトルのたった一言の魔法で無意味と化した。

 ヴェルトルの光がアルバスを捉える。走り出した体が停止し、その体勢のまま受け身も取れずに地面へとアルバスは転がり倒れてしまった。


「アルバス!」


 悲鳴が上がる。アルバスの体は石のように固まっていて、ハクアへ振り向く事も出来ない。


「まるで幽霊だなぁ。目の前に居るのに魔力が感じられないってのはよぉ」


 頭上からヴェルトルの声がする。

 起きなければ、そう思っているのに、アルバスの体は指一本さえ動かなかった。


「よっとぉ」


 ガンッ! すぐに頭へ衝撃が来た。頭を踏み付けられたのだとアルバスは遅れて理解する。


「でも弱いなぁ。ただの杖無しがよぉ、大魔法使いに勝てる筈がねえだろうがよぉ」


 なぁ、おい? ヴェルトルがアルバスの体を蹴り上げた。


「ッあ!」


 ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 衝撃が続いた。身構える事すらできない。

 頭、脇腹、背中、腕。きっと目に付いた所から蹴っている。

 体が浮くほど、手加減無くアルバスの全身が蹴り飛ばされる。


「おいぃ、お前らぁ、何見てんだよぉ。手伝えよぉ」

「は、はい!」


 ヒヒッ。笑い声共にヴェルトルが何かを言う。

 すぐにアルバスの体が鳴る音の数が増えた。

 硬い靴底が骨を打つ。手加減無しの攻撃は簡単に骨を折った。


「やめて! おねがい! やめてよぉ!」


 ハクアの声がした。だが、アルバスの体から鳴る音は止まない。

 ああ、手伝えとはそういう事か。アルバスは理解する。きっと、黒服の魔法使いや鬼達も自分を蹴っているのだ。

 どうにかしなければ。だが、どうにもできない。ヴェルトルの魔法は未だアルバスの体を支配している。

 これが大魔法使いの魔法か、と、骨が折れる音を聞きながらアルバスは魔法の一端を知る。

 だからと言って、どうしようも無かった。




 どこかの骨が幾つも折れて、どこが痛いのか分からなくなった頃、いつの間にかアルバスは仰向けに成っていてその上からハクアに抱き締められていた。

 アルバスの耳にハクアの声が聞こえる。


「おねがいです。ゆるしてください。このひとをゆるしてください。わたしはどうなってもいいです。わたしの角が欲しいのならさしあげます。この未折の角をあなた様にささげます。だから、どうか、どうか、このひとをゆるしてください。おねがいです。おねがいします。わたしの角をささげますから」


 やめろ、と言いたかった。そんな声を出さないでくれ、とアルバスは言いたかった。

 良いから逃げろと、逃げてくれと言いたかった。でも、体は何処も動かない。

 どうか、どうか、おねがいです。

 この角をささげます。

 あなた様にささげます。

 だから、どうか、このひとをゆるしてください

 どれ程の時間、彼女はこの言葉を繰り返しの多だろう。ハクアの声は枯れてしまっていた。


「ハク、ア」


 痛みで首くらいしか動かせない。それでは何もできなかった。

 アルバスが眼を覚ました事にハクアが気付く。

 息が届く程の距離。

 彼女の眼からボロボロと涙が流れた。


「ごめんね、ごめんねアルバス。ごめんねぇ」


 ああ、そうか。

 自分は彼女を助けられなかったのか。

 理解して、絶望して、そして、意識が暗転する。

 闇に落ちる直前、アルバスが最後に見たのは何度も謝るハクアの泣き顔だった。

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