13 魔法と脅迫
ヴェルトルは爛れた眼を動かし、周囲へ目を向けた。
粗悪な魔弾が止んだ。前方の魔法使い達は魔力切れを起こしている。あの程度の弾幕で魔力が枯渇するとはやはり程度が低い。
「死ねやぁ!」
魔弾が止み、鬼達の攻撃が届く。
大鎚、棍棒、斧、拳。武器を振り上げて突撃してくる。踏み締める衝撃に鉄カビ塗れの地面を砕けた。武器も二流以下の粗悪品。普段角落一座で使っている者とは比べ物に成らなかったけれど、強靱な鬼の体はそれだけで強力な武器となる。
既に近付かれた。武器は振り下ろされようとしている。
「クソッ!」
部下達が顔を強張らせ、魔力壁を展開しようとする。展開も判断も遅い。
ヴェルトルは理解する。魔力壁の展開はギリギリで間に合わない。このままでは鬼達の攻撃はこちらに届き、部下の何名かは死ぬだろう。
こんな僻地の、素人崩れの荒くれ者相手に何を手間取っているのか。
匕ヒッ。あまりに滑稽な部下達の様子にヴェルトルは杖を空へと掲げた。
「跪け」
無意識の領域で魔力が杖を流れ、杖先から生まれた光がその場に居た全ての者を貫いた。
瞬間、敵味方問わず、ヴェルトル以外のその場の全員が跪き、その動きを停止した。
「息をするな」
命令を続ける。杖が光り、今度はその場の全員の呼吸音すら消えた。
ヴェルトルは空を見る。いくつかの雲と澄んだ青が眼に映った。
足元のどれもこれもは無理やり呼吸を止められ、跪いた体勢も崩せず、苦しそうに呻いている。
「このまま放っておけば全員窒息死だなぁ。それも面白いじゃないかぁ。誰から死ぬか楽しみだぜぇ」
目線を空から足元へ下ろす。顔が青くなってきている。もう少しだけ見ていればそろそろ死ぬだろう。
ひとしきり苦しむ姿に満足した後、ヴェルトルは笑いながら杖を振るった。
「呼吸を許してやるよぉ」
許可を出した瞬間、辺りからゼーハーゼーハーと激しく息を吸う音が鳴った。
時間が無い。殺すのはいつでも出来るのだ。速やかに目的を果たさなければ成らない。角落市にはあのシロツノがどうしても必要なのだ。
ヴェルトルは一番手近に居た鬼に杖を向けた。
「白い角の鬼を知ってるかぁ? 十五かそこらの年の女の鬼だぁ。お前ら如きが見た事が無いくらいの綺麗な角を持っている鬼だぜぇ?」
「俺達が悪かった! あんた達には逆らわない! だからこの魔法を解──」
「──死ねぇ」
「あ? 待て、何で勝手に、いや──」
ザシュッ! 光がその鬼を貫き、即座に鬼が持っていた斧で自分の首を落とした。
首を失った鬼の体がドシャリと地面に倒れる。
「俺が聞いた事以外話すなぁ」
首無しに成った仲間の末路に誰もが今度は自らの意思で息を止めた。
それで良い。弱者からは意思を奪った方が幾分マシだ。
ドクドクと地面に吸い込まれていく血を見ながら、ヴェルトルは再び問うた。
「狂鳴の森から逃げて来た綺麗な白い角の鬼だぁ。誰か一人でも情報を持ってれば生かして返してやるよぉ。何なら報酬だって払っても良いぜぇ」
荒くれ者達は口を噤んだままだ。その視線は首を落とされた鬼に注がれている。
やれやれと、ヴェルトルは首を振るう。まだこの弱者共は理解できていないらしい。今これらの命はヴェルトルという強者に握られている。首無しで死んだ鬼になど意識を割いている場合では無いのだ。
「何か無いのかぁ? 俺達を助けてくれよぉ? ここら辺のことを知らない無知な俺達をさぁ」
困った様にヴェルトルは足元直ぐ近くに跪いた魔法使いの部下へ杖を向けた。
「おいおい、どうすんだよぉ? こんなに成っても何の情報も寄こさねぇってことは本当にこの町には居ねぇんじゃねえかぁ? 無駄骨を俺に折らせたのかぁ?」
部下の顔が恐怖で歪む。ヴェルトルは部下を殺す事には慣れていた。
杖を向けられた部下が震え上がる。
「狂鳴の森だ! 白い角の鬼が狂鳴の森から逃げた! 魔力反応を探したが、見つからない! 何か知らないのか! 人一人居ないあの森から逃げ出した鬼の事だ!」
黒服と荒くれ者達。弱者である彼らはこのままでは全員殺される。誰もがそう思っていて、誰もが記憶を掘り起こしていただろう。
「狂鳴の森には杖無しアルバスが居る!」
その中で一人の魔法使いの声が上がった。
「ほうぅ?」
ヴェルトルは爛れた左の眼を丸くして、声を上げた魔法使いへ近寄った。
近づいて来るヴェルトルの姿に魔法使いは狼狽を露わにしながら捲し立てた。
「一人だけ杖無しの魔法使いが居るんだあの森に! 認知阻害を掛けられた小屋に住んでやがるんだ!」
ヒヒッ。ヴェルトルは引き攣った笑い声を出し、声を上げた魔法使いへ杖を向けた。
「その杖無しについて詳しく教えてくれよぉ」




