11 金貨と噂
調律の大魔法使いヴェルトルが来たという報せはたった数日でテツバイの町に広まった。
ヴェルトルは顔面の左半分が爛れ、右半分は凍てつく様な無表情の男だ。
彼の来訪にある者は静まり、ある者はどよめき、ある者は色めき立った。
ある者が言う。
「ヴェルトルを見た」
「枯れ枝みたいな体」
「折れそうな指」
「生きているのか死んでいるのか分からない」
鉄カビが取れること以外何の特徴も無い町だ。町民の多くが鉄カビを剥がし、炉にくべる単調な毎日を送っている。
吉報であれ、凶報であれ、大魔法使いの来訪は単調な毎日を変える劇薬だった。
ヴェルトルは他にも魔法使いと鬼を幾人も連れていた。
彼含めて誰もが同じような黒服を着ている。
荒くれ者だ。決して無垢なる者達では無い。
事情通が言う。
「角落一座だ」
「隠れろ隠れろ。角落一座に攫われるぞ」
ヴェルトル達がテツバイの町を回る。大手を振って道の真ん中を堂々と。
角落一座、ヴェルトルが所属する大規模な競売一座。魔法使い、鬼、杖、角、魔石、魔物。万物を競売に出すという非合法な闇一座。
それが何故、この町に?
鉄カビ以外何も無い町だ。安定していても裕福では無い。角落一座が欲しがるような一級品などこの町には無い。
ある者が裏路地に駆け込んだ。
「角落一座が鬼を探してるってよ」
「水晶みたいな白い角をした、黒髪の鬼を見たかって聞かれた」
「鬼は少女らしい」
「情報を買うってよ」
「たんまりの金貨を見せてやがった」
町民達の言葉に熱が入る。
鉄カビ以外何も無い町だ。安穏であっても幸福では無い。金貨があれば王都に行ける。
三つの声が出た。
一つ目の者達は息を噤み、変わらぬ毎日を過ごした。
「逃げろ逃げろ」
「隠れろ隠れろ」
「恐ろしいことには関わるな」
二つ目の者達は色めき立って、街に飛び出した
「裏路地を探せ」
「白角の鬼なんて珍しい」
「見つけろ。捕まえろ。金貨を手に入れろ」
三つ目の者達は武器を取って、集まった。
「相手は魔法使いだ。鬼と協力すれば倒せる」
「鬼も居る。魔法使いと組もう」
「金貨は山分けだ」
狂乱の中で、ある魔法使いと鬼の子供がこう言った。
「白い角の女の子が逃げてるの?」
「何か怖いことがあったのかな?」
その声を誰も取り合わなかった。




